12年間にわたる省農薬園で発生した諸問題を、病害虫雑草の発生動態と経営的側面およびその他の要因について解析した。本園が20年間にわたって農家の生計を支える程度に存続しえた背景には、園が農薬裁判を契機に開設されたので、出荷当初から購買者がある程度確保されていたという特殊な側面がある。しかし、本格的に生産量が得られる段階になって以降は、裁判の終結のためにその特殊条件が消失した。それゆえ、本園経営の成否の鍵は農業技術としての省農薬栽培法と経営の問題にしぼられる。  農薬による病害虫雑草防除を前提としない農業では、これらの発生に伴う被害をいかなる手法で回避するかが最大の問題点である。本園では害虫に対しては、導入および自然発生した天敵によって被害発生を許容水準以下に抑えることに成功した(3章、5章)。また、有効な天敵が存在しない害虫(ゴマダラカミキリ)に対しては慣行園と同様に「見回り駆除法」で対処してきた(4章)。ただし、枯死木の発生を防止することは困難であった。そして、害虫に対しては生物的防除を主体にした本園の管理法で十分に対処できるとの結論をえた。可能な限り農薬を省いた園には生物相が豊富に共存し、それが有効に作用したと推論される。病気の発生防除に関しては有効な手段を見つけだせなかったが(6章)、殺菌剤の散布を極力ひかえたことは化学物質に対する抵抗性の弱い天敵の生存を可能にしたと思われる。  本調査期間内では病気と雑草に関しては省農薬栽培上での問題点を指摘するにとどまらざるをえなかったが、栽植密度の抜本的改変を含む今後の栽培管理方法の方向性を示すことができた。  次に省農薬園の成否の分岐点となる問題は、収穫量と品質・品位の問題である(6章)。品位は、省農薬栽培の影響をうけてそうか病の病斑が多く、慣行園のものと比較すると明らかに劣っているが、品質(糖度および酸度)は低くない。しかし、土壌の劣悪な部分では土壌の化学性・物理性を反映して品質の低下が認められ、今後の園管理の課題が指摘された。収穫量は慣行園の反収に対して約35%の減収となり、農家経営を圧迫している可能性がある。その減収分を農薬費と農薬散布労賃との合計と比較することによって実質的な減収があるか否かを検討することもできるが、日常的に実施する耕種的防除(枯れ枝の切断、ゴマダラカミキリの侵入口の発見)に費やす労賃を正確に記録していない。というより、正確に記録すること自体不可能に近い。省農薬による栽培に固有な労働との比較から、農家収入を省農薬栽培法との関係で論ずることは本稿では困難であった。しかし、農薬散布の労賃および農薬代が不要であることも加味すれば、35%の収量減による農家の減収分すべてが、省農薬農法を行う農家にとって負担になるものではないと考える。20年間にわたって農家の生計を維持してきたこと、収穫したミカンを完売してきたことなどから省農薬栽培が十分に実践可能で、成立しうる農法であると考える。    農薬多投農業に対置する農法として、「無農薬」「減農薬」「低農薬」農法など、種々のことばで表現されている。いずれの農法も農薬のもつ人と環境に対する危険性を回避するための営為を表現したものであり、それぞれが対立するものではない。農薬多投農業が主流を占めるようになった理由はさまざまであり、それらの理由が複合して現在のような農薬問題を惹起したのであるから、現在採用されている農法から農薬だけを排除して農業が成り立たないのは容易に理解できる。化学肥料のみで肥培管理されている農地の土壌が作物の生育にとって良好な土壌でないことは多くの研究が指摘してきたところである。そのような農地での栽培から農薬だけを排除すれば、病害虫に容易に侵害され、生業としては成り立たない。土壌の改良と農薬排除は同時に進行すべき作業である。本調査園においても、土壌の物理化学性と病害虫発生および収量などを重回帰分析した結果、土壌の良否、とくに物理性の不良な部分では病害虫の発生による枯死や収量低下の傾向が確認されている。健全な作物の育成には良好な土壌が基本であることが証明され、とりわけ省農薬農業の成否を左右するものであるとの結論を得た。  流通機構およびその影響下にある消費者が品位のみで選択する消費行動を維持した状態で、農薬による防除を排除した作物が購買されるわけがなく、流通消費行動の変革もまた同時に取り組まれるべき課題である。農薬は省くべき存在であるが、その省き方は、それぞれの農業が置かれている状況によって異なるのでから、求めるべきは省く方向であって、省く度合いではない。それが、農薬多投農業からの脱出を可能にする方途である。  本園は農薬を省く方向で、その使用回数を減じる初期の段階から、天敵導入による害虫防除法、土づくりなどの栽培方法を模索してきた。本園のような調査研究が各農法で遂行されることが期待され、そのような研究成果のもとで、わが国のミカン栽培が少なくとも農薬を多投しない農業へと変貌することが可能である。  本研究は和歌山県海草郡下津町という自然環境の中でのケース・スタディーである。したがって、他地域に直ちに適用できうるものとは考えていない。適用にあたってはその地域での新たな試行錯誤が必要である。農業とはそれぞれの地域特性をもった自然に向き合う営為である以上、一律的手法で成り立つものではない。しかし、戦後のわが国の農政は全国の農業を一律的な手法で成立させようとした。その農政の欠陥が農薬問題の根底にある。それゆえ、ここで一律的な農薬排除の農法を提起することは同じ間違いを農業現場に持ち込むことになるのではないかと考える。それゆえ、本研究は農薬問題、さらには農業問題を解決するための一例にすぎないとあえて強調する。  農薬による環境汚染の問題は世界的に強い関心をもって語られてはいるが、農薬を減じた農業が農法として確立していくまでにはまだ相当の年月が必要である。この問題への実践的研究と社会教育、市場流通再編、農業重視政策の実行などが重層的に展開されなければならない。本研究はその一端として位置づけられると確信している。
 これまでの各章で省農薬みかん園における農業上の問題点を整理してきた。病害虫発生状況を中心とする本研究は1994年度で15年間にも及び、この間に本調査園をとりまく社会状況は大きく変遷した。それとともに農薬に対する社会的認識も顕著な変化を遂げた。戦後45年間、農薬多投を前提とする農業が主流を形成する時代であったが、その流れに抗して、1970年頃から省農薬、減農薬、無農薬栽培の試みが各地で行われてきた。ある時は単独で、また、ある時は地域ぐるみで開始されたが、どれも栽培方法を模索しながらの試みであり、その栽培方法、被害発生状況、収穫量などの詳細な記録が残っていることは少ない。そのために広く伝達されるべき成功事例も、篤農家の秘伝の域に止まっていることが多い状況である。本研究がこれらの重要な問題点をできる限り定量的に記載することを主眼として継続してきたことは、すでに述べた。数量化できるものは6章までに報告してきたので、この章では数値として記録することは困難であるが、このような形態の農業を継続していくときに重要であると考えられる社会的条件を記録しておくことを課題とする。     1.社会的背景   (1)ミカン生産の変遷  全国のミカン栽培面積は戦前から現在に至るまでをみると、1973年をピークに大きな山型を描いている(図8-1)。1941年に4.5万haであった栽培面積は、戦後急速に拡大し、1973年には17.3万haに達している。しかし、その後は急速に減少し、1992年の全国栽培面積は6.9万haである。この間、生産量は戦前の42.9万トンから、最高値である1975年の366万トンへと8倍にも達し、ミカン過剰時代が到来したのである。そして、その間に到来した1972年のミカン価格の大暴落により、ミカン栽培は低迷期に突入し、生産地と生産量の再編時代に入ったといえる。  戦前は静岡、和歌山、愛媛の3県が大産地で、この3県の合計で48.1%の生産量を占めていたが、そののち次第に九州地方での生産拡大が進展し、3県の合計をしのぐようになる。1992年には3県の生産量は40.4%に低下した(図8-2)。和歌山県の生産量についてみると、1955年に4.7万トン、1965年13.3万トン、1975年33.6万トンと増加の一途を辿り、その後は全国の動きと同様に急速に減少し始め、1992年には20.5万トンとなっている。この退潮傾向に歯止めはかからず、オレンジの自由化が追い打ちをかける展開となり、生食用のみならずジュース用ミカンまでもが過剰な状態となり、ミカン農家の収益は著しく減退した。  本調査園の位置する和歌山県海草郡下津町においてもこの状況はまったく同じである。政府が提案した減反政策を受け入れ、多くの園が廃園となり、減反割り当て面積が予定期間を待たずに達成されたほどである。  省農薬園が開設された1972年頃は農水省の進めるミカン栽培面積の拡大政策とそれに伴う補助金助成など、ミカン栽培農家の繁栄がまだ継続していた時代である。ところが、出荷が始まった1975年にはミカンの価格はすでに低迷期に入り、ミカン過剰が叫ばれるようになった。この頃から、栽培地では高糖系品種への転換が始まり、甘さと外見(品位)のよい高級ミカンが要求される時代となった。本園の品種である興津早生のような酸味の幾分高い品種は次第に敬遠されるようになっていった。   (2)生産者のわかれ道  わが国のミカン産地の拡大と過剰生産によるミカンのだぶつきは生産者の中に二つの流れをつくり出した。ひとつはより品位を高めた産品を生産する流れであり、この流れは必然的に農薬多投農法を採用することになる。病害や虫害に感受性が高くとも、甘いミカンが消費者に好まれることとも相まって見栄えのする甘いミカンづくりは人気を博した。しかし、消費者のミカン離れはいかんともしがたく、困難な道をたどりつつある。もう一つの流れは食の安全性、環境汚染を考える消費者運動から、農薬を排除したミカン生産を追求するものである。社会的には流れと呼ぶまでに成長しているとは思えないが、農薬を省くことから発生する病虫害対策として、自然界の有機物を利用する方法や土づくり、あるいは電子水農法と言われるものなど、農薬による病害虫抑制に変わる方法が模索されている。  前述したように、農薬依存型農業が批判され、農薬を減らす農法の模索が始まり、消費者運動として社会の一部分ではあるが定着したことが、本園が今日まで維持できた最大の理由であろう。   (3)消費量の減少とオレンジ自由化  戦前、戦後を通じてミカンはわが国の主要な果実であった。とくにミカンはリンゴに比べて1個当たりの単価が低く、果菜類が少ない冬季の重要な果実であるため国内需要が高く、産地拡大が国の政策として過大なまでに推進されてきた。その結果、過剰なまでの生産地拡大と生産量の急増がおこり、価格低迷の招来が、生産量調整の実施をよぎなくさせた。高度経済成長の終焉時代には、多種類の果実が国内生産されるのみならず輸入されるに至り、ミカンの国内消費量が激減し、1980年代はじめの一人当たりのミカンの消費量に対して、1990年代の消費量は半分以下に低下している。かかる消費量の低下はミカンだけではなく柑橘類全般にわたり、さらにオレンジ輸入自由化がそれに拍車をかけた。この流れのなかで政府はミカン栽培の減反政策を適用することになる。本園の経営者である仲田も減反政策を受け入れ、1.5haのミカン園を廃園にしている。  減反政策後もミカン価格の低迷は続いている。オレンジの輸入自由化は生食用のオレンジの輸入量を拡大したのみではなく、オレンジ果汁の輸入をも拡大した。ミカン農家の経営を直撃したのは生食用オレンジの輸入拡大よりも果汁の輸入量の増大である。過剰生産を続けているミカンの価格が維持されてきたのは生産調整と過剰分のミカンを果汁用に回すことによって生食用ミカンの価格安定を維持してきたのであるが、オレンジ果汁輸入量の拡大はミカン果汁の生産販売を圧迫し、本来果汁用に使用されるミカンが生食用ミカン市場に環流し、生食用ミカンの市場価格の低下を招いたのである。  このようなミカンをとりまく状況の中で、ミカン生産農家の生き残り方法の選択幅は限られたものとなる。外見がよいものを生産するか、あるいは外見よりも安全性を重視する生産に転換するかである。前者は市場流通を中心とし、後者は産直(産消提携)の形をとる。いずれの方法をとるとしても、味が重視されることは当然である。  農薬問題の視点からみると、外見を重視する栽培と兼業化は、より農薬に依存する栽培法への移行を促すものとなる。ミカン栽培に投下される農薬代の変遷をみると、1961年に反当たり6540円から1989年には25788円へと4倍に増加し、農薬多用の方向にあるが、ミカン生産低迷期となった1980年代後半からは増加傾向は鈍化してきた(図8-3)。  農薬は本来、農業生産量の確保とその安定のために開発使用されてきたものであるが、近来は外見の良さを確保するために使用される傾向がある。とくに見栄えを要求される果実ではその傾向が強い。  このような社会・経済的条件のもとで本園は20年間にわたって維持されてきた。前章で記したように、市場で流通しているミカンに比較して品位が低いものでありながら、生産品をすべて消費できたのは農薬多用農業に対する消費者の危機意識の高揚があったからである。
6.省農薬園と慣行園の農家所得  すでに4の「収穫量と生産者価格との関係」において、粗収益、収穫量比、生産者価格比を用いて省農薬園の収益を検討したが、ここでは省農薬園の収集荷などにかかわる経費も計算に用いて、再度、収益性の検討を行う。 (1)比較の計算方法...
 ここでは集出荷等に関する経費の比較を行う。農家所得の比較を行う場合、省農薬園での生産者の手取り額には出荷にかかわる経費が含まれているので、その経費の算出が必要となる。したがって、農家所得の比較の前に集出荷などの経費を求め、比較を試みる。...
ここでは、前記の生産費の差をふまえたうえで、農家の収益性に関して、収穫量と生産者価格の関係を考察する。 (1)計算式  計算上必要な慣行園10aあたりの粗収益は、以下の3通りを考える。  ①和歌山県の統計数値  ②生産者(仲田氏)からの聞き取りによるもの  ③下津町農協の資料によるもの  ①和歌山県統計...
 ここでは、生産費の違いを明らかにする。 (1)収穫までの作業モデル設定...
1.はじめに  この章では、生産費、出荷などにかかわる経費、農家所得それぞれについて、省農薬園で栽培された場合と、慣行園で栽培された場合とを比較し検討する。...
 省農薬、無農薬などで栽培された農作物の品位、品質が、慣行栽培で収穫された農作物と比較してどの様なものであるのか、興味を持たれるところである。一部では、それらの農作物は見かけ(品位)では慣行栽培に劣るものの、内容(品質)では優っていること等が言われている。しかし、農薬を減じた農法の場合、化学肥料使用の停止、有機質肥料の導入を主とした土壌管理の変化が伴っていることが一般的であり、農薬の不使用による影響の他に、それらの影響も考慮しなくてはならない。本園は農薬を減らした際に起こるミカン園の害虫、病害の変化を観察する実験園的な要素が強く、有機・省農薬栽培による農法の完成を目指した果樹園とは性格を異にしている。よって、本園では有機質肥料の導入による土壌管理を行なっているものの(1章参照)、一般の果樹園でも行なわれる範囲の量、頻度であり、慣行園と大きく異なった管理法ではない。このような単純に農薬を減らした果樹園で、その結果発生した病害虫により、どの様な影響がミカン果実の品位・品質与えられたのか解析することを目的とした。  品位の分析では、省農薬園のミカン果実は慣行園や一般に流通している市販ミカンの果実と比較して、著しく品位が低いことが示された(図6-2)。この品位の低さはミカン園におけるそうか病の発生が原因であると考えられた(図6-3)。現在、省農薬園ではそうか病に対して何ら防除を行なっておらず、薬剤によって徹底防除を行なっている慣行園との品位の差は当然の結果とも考えられる。一般の流通経路でミカンを出荷する際には、品位の低いミカンは選果基準を満たさず、加工用、もしくは廃棄されることになるが、本園では独自の出荷経路をとり(7章参照)、「省農薬ミカン」を求める消費者へ直接販売しているため、品位の低さは大きな問題となっていない。農作物における品位の評価については、様々な価値観が存在するだろうが、本園の場合、今後特に品位の向上を目指した対策が必要とは考えない。しかし、ミカン株への影響を長期的に考えた場合、そうか病に対する防除に何らかの手段を講じることは一考に値するだろう。  省農薬園のミカン果実の品質分析は、糖度、酸度および果実重に関して行なった。糖度は、'83年の調査では、慣行園と比較して有意に低く、'93年度の調査では慣行園と比較してやや高い値となった(表6-4)。'83年度の調査では、省農薬ミカン園の果実糖度は慣行園と比べて、有意に低いものであったが、本調査で用いた慣行園のミカンと一般に流通していた市販ミカンの平均糖度間にも、1%水準で有意な差があり、省農薬園の平均ミカン糖度が低いと言うより、この調査で採取した慣行園ミカンの平均糖度が高かったと推定する方が妥当であろう。調査した年度をすべて含んだ本園の果実糖度の総平均は9.84であり(表6-2)、「下津農協に入荷する早生の露地栽培ミカンの平均糖度は9.5~10.5くらい。」とのJA下津営農指導員の岡畑浩二氏の意見からも、省農薬園のミカン糖度は、調査園近辺の平均的なミカン糖度と比較してほぼ同水準であることが推定される。よって、省農薬栽培により本園ミカン果実の糖度が低下した可能性は低いと考えられる。  ミカン果実の糖度に大きく影響を与える要因としては、日照、品種、土壌の通水性・降雨量、窒素施肥量等が知られており、病害虫はほとんど影響を与えないとされている [6-3]。重回帰分析の結果、土壌の第三主成分得点で表される土壌条件およびルビーロウムシの発生密度が、本園の果実糖度に影響を与えている可能性が示唆された(表6-5)。土壌の第三主成分得点は、土壌の「易溶性栄養物質に関する富栄養度」であり、マグネシウムやカリウム等の含有量が指標となっている得点である。ルビーロウムシの密度は、果実収量との負の相関も示されており(5章参照)、定着場所が果実の着果部位に近いことから考えても、ルビーロウムシ密度が果実の収量、品質に何らかの負の影響を与えている可能性は考えられるだろう。また、果実表面のそうか病と果実糖度の相関分析から、その相関係数(r=0.18)が非常に低いものの両者に有意な負の相関があることが示され(表6-6)、そうか病が果実糖度に何らかの影響を与えている可能性が示唆された。  一方、ミカン果実の酸度に大きく影響を与える要因としては、標高(気温)、日照時間、開花時期、土質等が既に知られている [6-4]。10月上旬をピークとしてそれ以後に起こる酸度の時間的な低下は、果実中のクエン酸が植物の代謝によって徐々に分解されることによって起こる[6-2]。よって、酸の減少は、結実からの時間の長さと代謝速度に影響を与える温度に左右されている。前述した標高、日照時間はそれぞれ温度に影響し、また開花時期は結実時期を決定するため、結実からの時間の長さに影響を与えることで、それぞれ果実酸度と相関するとされている。  省農薬園の果実の酸度は、'83年度の調査で近隣に存在する慣行園と有意な差がないことが示された。ただし、調査年度をすべて含んだ本園の果実酸度の総平均は1.30であり(表6-2)、「一般の出荷ミカンの酸度は0.7~1くらい。」[6-5]であることを考えるとかなり高い。調査のための果実サンプリングの多くが充分に酸度が低下していない早期に行なわれたことが(表6-2)、本調査における本園ミカンの酸度の高さの大きな要因と考えられる。しかし、本園では、例年11月下旬から12月上旬に収穫を行ない、12月上旬に消費者にミカンを配送するスケジュールとなっており、年度によっては、サンプリング時期と大差ない時期に収穫、出荷している。そのため、十分に酸度が低下していないミカンが、消費者の手に渡った年度も存在した可能性は否定できない。本園は標高約300mと地理的に高所に存在しており、標高の高いところに存在する園では、一年を通して平地より気温が低く、また開花時期も平地より遅いため、結実も遅れる。そのため代謝による酸の分解が遅くなり、気温の低さが相乗効果となるため、酸の減少は平地に比べ時期的にかなり遅くなる。また、下津町近辺は土質が結晶へん岩であるため、有田町等と比較して酸度が落ちにくいことも言われている[6-5]。「大窪近辺では、年明けくらいが一番いいミカンになるのではないか。」という意見[6-5]を考えても、本園のミカン収穫スケジュールは一考を要すると思われる。  本研究における重回帰分析の結果、本園の果実酸度に影響を与える要因として、土壌の第三主成分得点が示唆された(表6-5)。前述したように、土壌の第三主成分得点は、「易溶性栄養物質に関する富栄養度」であり、糖度の分析でもその影響が示唆されている。土壌の第三主成分得点は、本園において最も果実品質に影響のある要因と言えるだろう。  土壌の栄養素としては、窒素施肥量が果実の糖度、酸度に影響を与えることがこれまでに示されている[6-6]。本研究における解析では、窒素、カリなどの指標である土壌の第一主成分得点と糖度・酸度との間には、有意な相関が見出されなかった。この理由としては、本解析では1992年に行なった土壌調査の結果を用いて、複数年度にわたる糖度・酸度との相関の解析を行なったが、これらの栄養物質は可溶性であるため土中含有量の変動が激しいと推定され、過去における相関を正確に反映した分析を行なえていない可能性がある。また、窒素施肥量の酸度・糖度への影響は、線形でないことが示されており[6-6,7]、重回帰分析では、その因果関係を充分に明らかに出来なかったことも考えられるだろう。  本園ミカンの果実重は'83年の調査により、慣行園と比較して有意な差がないことが示された(表6-4-c)。一般に、ミカン一個の平均果実重は100gと言われており、本園における複数年の果実重平均が107.1g(5章参照)であることからも果実重に対する病害虫の負の影響はないと思われる。  以上により、本園において農薬を減じたことにより生じた病害虫の発生の影響で、ミカン果実の品位の低下が生じたが、ミカン果実の大きな品質低下は起きなかったと結論出来るだろう。糖度に対しては、ルビーロウムシ発生密度および果実のそうか病(果実品位)が負の影響を与えている可能性が示されたが、それらの相関係数は非常に低いものであり、日照、土壌、水管理といった果実糖度を左右する他の要因の影響がより大きく、それらが糖度管理に深刻な問題を起こす可能性は低いものと考えられる。  農産物は品位、品質などの出荷規格により銘柄、階級の分別がなされ価格が決められていくが、一般に青果物の品質の計測は、多くの労力がかかるため、外観である品位によって間接的に推測していることが現状である。しかし、本研究で示されたように、ミカンの場合、著しい量でなければ、病害虫の発生が必ずしも品質の低下を招くとは限らない。また、果実の品位は、果実品質と有意な相関があることが示されたものの、その相関係数は非常に低いものであった(r=0.18)。これらのことを考えても、品位による品質の推測は、品質の判定法として必ずしも十分であるとは考えられず、これらを基準とした出荷規格が農産物の価値をどれほど正確に評価したものかは疑わしいと言わざるを得ない。また実際、小売り段階になると箱売りや一部の高級品をのぞき、銘柄も等階級もほとんど表示されることはなく、消費者も気に留めることは少ないように思える。外観やサイズを中心とした出荷規格は、生産者や消費者のためと言うよりは流通や市場のためにあると言えるのではないのだろうか。近年、果実を傷つけないレーザーによる品質(糖度)測定法の研究が始まり、和歌山のミカン銘柄である「味一」のように品質に重点を置いた出荷管理も行なわれ始めているが、出荷管理の現状は多くの課題を含んでいると言えるだろう。    文献 6-1) 農文協編(1985) 果樹全書 カンキツ pp. 70-71  農山漁村文化協会 東京 6-2) 同上 pp. 72-73 6-3) 1994年5月26日に行なった和歌山県果樹園芸試験場・主任研究員 菅井晴雄・鯨幸和氏、JA和歌山営農対策室生産対策課・課長代理 宮脇俊弘氏への聞き取り調査 6-4) 農文協編(1985) 果樹全書 カンキツ pp. 212-213  農山漁村文化協会 東京 6-5) 1994年5月26日に行なったJA下津町・和歌山県果樹園芸技術員・営農指導部主任 岡畑浩二氏への聞き取り調査 6-6) 農文協編(1985) 果樹全書 カンキツ pp. 247-248  農山漁村文化協会 東京 6-7) 岸野 功(1990) ミカンの作業便利帳 pp. 88-106  農山漁村文化協会 東京
(1)ミカン果実の品位分析 a.果実の品位...

さらに表示する