2章 省農薬園の土壌 の特性 3.結果及び考察 (4)~(5) 4.まとめ

(4)省農薬園のミカン樹の葉成分含量

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a.各成分含量の分布幅

 分析の結果得られたデータの基本統計量を表2-5に示す。また図2-12~16に各元素の測定値の分布と一般の適正域[2-1]を示す。

一般の適性域と比べて、省農薬園のミカン樹の成分含量はやや低い値を示していた。通常、ミカン葉の栄養分析は8月上旬から9月上旬に採葉する。試料を採取した11月上旬は果実の肥大時期にあたり、そのため養分が葉内から果実へと移行し、窒素、リンの葉内含量は多少低下することが考えられる。したがって、省農薬園のデータが適正域よりやや小さい値の分布幅に収まっていたと考えることができる。しかしながら、元素によっては明らかに欠乏と判断される値を示した樹が、わずかであるが存在した。

 一般に葉分析値の分布は土壌養分の分布に較べて範囲が狭く、かつ正規分布に適合するとされている[2-2]。各元素の変動係数を比較すると、窒素、リン、カルシウムでは葉分析の変動係数が土壌養分の変動係数よりも低かった。マグネシウムは逆に葉成分の変動係数が大きい値であった。マグネシウムは他の元素よりも土壌含量が高くかつ葉成分含量が低かった。そのため他の元素と異なった変動係数を示したと考えられる。葉成分含量の変動係数は他の調査結果においても理由は不明だがカリウム>リン>窒素になるとされており、省農薬園のデータも同様の結果を示していた。

 

b.窒素(図2-12)

 斜面上部に欠乏値に近い値を示した樹が存在した。周縁部および北部に含量の高い樹がみられ、斜面下部に含量が低い樹があるが、土壌養分や他の葉成分含量ほど分布に明瞭な特性を認めることはできない。

c.リン(図2-13)

 周縁部に含量の高い地点が認められるが通常の適正域内の数値であった。土壌のリン含量とは逆に、園北部の樹の含量が高かった。また中央部斜面下部の樹のリン含量は低くなっていた。

d.カリウム(図2-14)

 中央部の斜面最上部一帯の含量が特に高く、その周辺に含量が低くなっていた。また園北部にも含量の高い地帯があった。

e.カルシウム、マグネシウム(図2-15, 16)

 カルシウムは園中央部の樹の含量が高く、南部および北部では低い。また周縁部にも含量の高い樹が存在する。マグネシウムは周縁部および南部で高く中央部は含量が低かった。

f.樹齢との関係

 5章に述べるように、省農薬園ではいくつかの原因により生育途中で枯死したミカン樹が存在する。枯死株はその都度改植を行ってきたために調査時点での樹齢は樹により異なる。葉成分含量と樹齢との関係を明らかにし、樹齢の影響を除いて葉成分含量の変動を考察するため、全サンプルを造成時から調査時点まで健全に生育した樹のみから分析試料を得たサンプル(グループ1、n=106)と、改植のため樹齢の若い樹を含むサンプル(グループ2、n=22)とに分け、それぞれの葉成分含量について統計解析を行なった。

 結果を表2-6に示す。グループ1とグループ2のカルシウム含量に有意差があった。これは齢の若い樹は葉内のカルシウム含量が低いという事実を示している。それ以外の元素にはグループ間に有意差は認められなかった。

g.堆肥投入によるデータの歪み

 堆肥投入による葉成分含量への影響を推定するため、土壌の場合と同様に、堆肥を投入した部分(撹乱区)とそれ以外の部分(非撹乱区)とにわけてそれぞれのデータの分布を検討した(図2-17)。一般に葉分析値の分布は土壌養分の分布に較べて範囲が狭く、かつ正規分布に適合するとされている[2-2]。非撹乱区のデータは全元素がほぼ正規分布に適合した。しかし撹乱区のカリウム、リンのデータは正規分布に適合しなかった。またリン含量のみが攪乱区>非攪乱区 (p=0.0033) であった。土壌全リン含量は逆に攪乱区<非攪乱区 (p=0.0001) であった。このことは堆肥によってこの地域の土壌の有効態リン酸含量が上昇したため、同地域内のミカン樹の葉内のリン含量が試料採取時に一時的に上昇したことを示唆する。また土壌養分の分析結果は、攪乱区の土壌カリウム含量が堆肥によって上昇した可能性を示唆した (3(3)f) 。そのため攪乱区の葉内カリウム含量が正規分布に適合しなかったことも、堆肥投入によると解釈できる。

h.葉成分含量相互の相関

 堆肥による一時的な養分の上昇と、樹齢による影響を除外して、本来の葉成分含量相互の関係を調べるため、非撹乱区のグループ1のデータ82組の葉分析値5因子の相関行列を表2-7に示す。窒素とリン、カルシウムとマグネシウムの間に正、カリウムとマグネシウムの間に負の相関が認められた。葉成分含量では土壌養分におけるような窒素、リン、カルシウム間の強い相関は認められなかった。

i.葉成分含量の総合

 総じて、土壌養分含量とミカン樹葉成分含量との関係は撹乱区、非撹乱区ともに明らかな相関関係を認めることはできなかった(データ省略)。これは1989年の堆肥投入によって撹乱区において一時的に土壌およびミカン樹の栄養状態が上昇していたことが要因の一つと考えられる。本章の土壌調査の目的は、土壌理化学性およびミカン樹の葉成分含量を分析することで園内の土壌の特性を把握し、ミカン樹の生育に与える因子を明らかにすることである。したがって、ここで得られた葉成分含量を土壌の栄養状態の指標として用いることは不適当と考えられる。

 

(5)土壌と樹勢との関係

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 ここまで、1)1990年に得られた省農薬園の土壌、ミカン葉無機養分含量は前年の堆肥投入の影響を受けていること。2)そのため葉成分含量を土壌養分含量の指標とすることは適当でないこと。3)そのためミカン樹の生育を制限する因子として園の土壌物理性が考えられること、が示唆された。不良園と優良園の温州ミカンの葉分析結果を比較した事例では、大部分の不良園においても葉分析値が制限因子とは考えられないとの報告がある[2-3]。また一般に永年作物であるミカンにとっては、比較的管理の容易な土壌化学性よりもその改善の困難な物理性のほうが、果実の品質、収量に対する影響は大きい[2-1]。そこで、土壌養分含量よりも、それを保有する有効土層の深さが樹勢の大きな制限因子となっていることが考えられる。

 これまでの結果を総合的に解釈し、省農薬園の土壌の諸特性がミカン樹の生育に及ぼす影響を明らかにするために、土壌理化学性測定値の9変量について主成分分析をおこなった。ここで100-礫含量=土壌率(%)として計算に加えた。全128地点のデータのうち異常値と考えられるデータ5組は除外した。結果を表2-8に示した。

 第一主成分は土壌の窒素、リン、カルシウムの主成分負荷量が高く、土壌の肥沃度を示す主成分と考えられる。第二主成分は有効土層の深さ、土壌硬度、土壌率の主成分負荷量が高く、土壌物理性を示す主成分と考えられる。第三主成分は土壌のカリウム、マグネシウムの主成分負荷量が高く、移動性の高い養分の土壌中の可給度を示す主成分と考えられる。

 各主成分とミカン樹の生育との関係を明らかにするため,各主成分得点とされた各ミカン樹の幹周(1989年7月に測定)との重回帰分析をおこなった。幹周は地表面から約10cm付近にある、台木と温州ミカンの接合部分のすぐ上のミカン幹の周囲の長さ(cm)である。土壌の調査地点は図2-1に示すように約4株に1ヶ所の割合でとられており、それぞれは、近接する4株がつくる四角形の対角線の交差点付近に位置している。そこで得られた土壌の主成分得点と、それに対応する4株の幹周の平均値との相関係数を表2-8に示した。3主成分とも幹周と正の回帰関係を示した。なかでも土壌物理性を示す第二主成分との標準回帰係数が最も大きく、次に第三主成分、第一主成分の標準回帰係数が高かった。

 この結果は、省農薬園のミカン樹の生育はその土壌物理性に大きく支配されていることを示している。特に有効土層の少ない園北部一帯では、樹の生育が著しく制限されていることが明らかである。

 

4.まとめ

 

 省農薬園の土壌の特性とそれがミカン樹の生育に与える影響を明らかにするために、調査園内の128地点から土壌物理性および各種無機養分の含量を測定した。得られたデータの分布および主成分分析から園内の土壌条件の不均質性について考察した。本調査結果は土壌、ミカン葉の無機養分含量はいずれも土壌改良による撹乱を受けた結果を示しており、省農薬園の「地力」の指標としては不適切であることが示唆された。主成分分析の結果は測定した変量に左右される。例えば本調査では測定しなかった粘土含量、腐植含量、水分率、透水係数あるいは塩基交換容量等の項目を分析に加えた場合、異なる結果となることは考えられる。

 しかしながらこの調査結果は、省農薬園において、造成時の立地条件に起因して園北部と中南部ではその土壌理化学性が大きく異なっていることを明らかにした。さらに土壌物理性の劣る園北部では、ミカン樹の生育が著しく阻害されていることが明らかになった。

 

 文献

 

2-1)岩本数人(1982)カンキツ園の土壌管理と施肥技術.千葉勉編著「果樹園の土壌管理と施肥技   術」pp. 219-256.

2-2)小畑仁・関谷宏三・安酸俊行(1977)果樹園における土壌及び葉のサンプリングに関する検討  (第1報)モモ園における二三の土壌化学性及び葉分析について.果樹試報A4:45-53.

2-3)佐藤公一・石原正義・栗原昭夫(1958)果樹葉分析に関する研究(第20報)生産力の異なる温  州みかん及び梨園の葉分析による比較(1956年)農技研報E 7:41-54