3章 省農薬園における病害虫発生状況 1.はじめに 2.調査方法

1.はじめに

 

 ミカンをはじめとする果樹は、生育期間が数年あるいは数十年以上におよび、穀類、蔬菜などとは異なり、室内で実験的に取扱うことも難しい。そのため、省農薬栽培が病害虫の発生にあたえる影響を評価するためには、野外を中心とした大規模で長期間の調査が必要となる。そうした理由で、効率性を重視する科学者はこのような調査研究に積極的に取り組むことがほとんどなかった。果樹栽培における省農薬栽培の実証的研究は、ごくわずかの例外[3-1,2,3]を除いて、ほとんどなされていないのが現状である。

 本章では、省農薬法によるミカン栽培における病害虫の発生動態を12年間、年2回の定期的密度調査によって明らかにし、慣行的栽培での病害虫発生と対比しながら、その特性や栽培上の問題点を評価した。この調査では、省農薬園で発生量の比較的多かった7種のカイガラムシと3種の病害を主に対象としたが、それ以外の害虫についても補足的に発生量を調査した。定期調査ではそれぞれの種の密度を簡易推定したが、この推定を補強するために、サンプリング調査を追加した。また、慣行栽培との比較を行なうために、慣行園において簡単な病害虫発生量調査を行なった。

 

2.調査方法

 

(1)病害虫の特性

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 a. カイガラムシ類

 ・ヤノネカイガラムシ Unaspis yanonensis (KUWANA)

 ヤノネカイガラムシは、柑橘類(Citrus 属)の一部のみを寄主植物とする固着性カイガラムシの1種である[3-1]。本種の原産地は中華人民共和国の揚子江流域といわれ[3-1,2]、20世紀初頭に日本に侵入した[3-1,2]。侵入後またたく間に日本の柑橘栽培地の全域にその分布域を拡大し、大きな被害を与えてきた[3-1]。何らかの防除策を講じない場合、本種の個体数は指数的に増加する。寄主植物株内の密度の上昇に伴い、葉や枝の先端が枯れ始めるが、密度依存的な個体群の抑制効果はあまり働かず、2~3年(5~10世代)後にはその株は枯れてしまう。このような激烈な被害をもたらす増殖力をもつため、本種は日本の柑橘栽培上もっとも重要な害虫のひとつとして位置づけられ、殺虫剤散布による防除対象となってきた。また、本種の第2、第3世代の個体が果実に定着してその品位を下げることからも、防除が徹底して行なわれてきた[3-1,3,4]。

  主に葉を定着場所として固着吸汁生活を送るが、寄主となった株上の密度が上昇してくるとさまざまな部位を定着場所として利用する個体が現れてくる。ただし、第2世代と第3世代では、密度が低い状態でも果実を定着場所として利用する個体が頻繁に見られる。本種は、和歌山県海草郡下津町付近では年2回または3回世代を繰り返す。越冬直前には、第2世代と第3世代が重なり、さまざまな発育段階の個体が見られるが、雌成虫以外の個体の大部分は越冬に成功せずに死亡する[3-1]。

  1980年に原産地より、本種を寄主とする2種の寄生蜂が日本に導入され[3-5]、それらの防除能力の有効性が確認されている[3-5,6,7,8]。しかし、2種の寄生蜂は、多くの他の寄生蜂同様に薬剤に対して耐性が低く、病気を対象とする薬剤が多用される慣行園では2種の導入寄生蜂の密度は非常に低く、それらによる防除効果は期待できないと考えられており、慣行園では、今なお、ヤノネカイガラムシは重要な防除対象害虫となっている[3-1,4](表1-2)。

  

 ・ルビーロウムシ Ceroplastes rubens MASKELL

 ルビーロウムシは、前種同様1900年前後に日本に侵入し、20年余りの間に全国の柑橘栽培地に分布を広げ、各地で多大な被害をもたらした[3-1]。吸汁によって樹勢を弱める一方、排泄する甘露に糸状菌の一種であるすす病が発生し、それが果実の外観を著しく損なうために、重要な防除対象害虫となってきた。しかし、体表が分厚いロウ状のカイガラで覆われているため、本種を餌とする天敵は非常に少ないうえに薬剤も効きにくく、本種を特異的に利用するルビーアカヤドリコバチが発見、利用されるまで防除は困難をきわめた[3-1,9,10]。1946年に安松 京三によって偶然発見されたルビーアカヤドリコバチの増殖・放飼事業によって本種の密度は激減し、その被害は抑えられた[3-9,10,11,12]。しかし、現在の慣行的な柑橘栽培では、他の病害虫を防除するために多くの薬剤が散布されており、薬剤に対して感受性の高いルビーアカヤドリコバチの防除効果を期待できなくなっている。また、ルビーロウムシは柑橘類以外にも広範な分類群の植物を寄主としており、柑橘園の外から本種個体が移入する機会も多いと考えられ、慣行園においても増殖する潜在力を秘めていると考えられている。したがって、ほとんどの慣行園では、6月の殺虫剤散布によってヤノネカイガラムシとともに本種の防除が図られている。

 本種は年1回世代を交代する。省農薬園では、6月下旬から7月中旬にかけて1令幼虫が出現する。主に若い枝(その年の春に展開した当年枝)を定着場所として利用し、しばしば個体が密集した集団を形成する。定着後数日でカイガラを形成する。晩秋には、成虫に達してそのまま越冬する。

  

 ・ツノロウムシ Ceroplastes ceroplastes (FABRICIUS)

 ・カメノコロウムシ Ceroplastes japonicus ANDERSON

 この2種は、ルビーロウムシと近縁であるが、いずれも日本在来種であると考えられている[3-4]。そのため、寄生蜂をはじめとする有効な天敵がいくつか存在し、これら2種の個体群の増殖を抑制している。したがって、ルビーロウムシと異なり、樹勢の衰弱や果実収量の低下をもたらす段階までこれら2種が増殖を続けることはほとんどない。ただし、ルビーロウムシ同様、甘露を排泄してすす病の発生を誘発するので、「均質な」、「品位の高い」果実を生産するという現在の生産目標においては、わずかの発生量でも、被害をもたらすことになる。

 これら2種は、ルビーロウムシと類似の生活形態をとり、年1世代で成虫越冬、初夏に1令幼虫が発生し、ロウ状の厚いカイガラをもつ。ルビーロウムシが若い当年枝を定着場所として好むのに対し、ツノロウムシは展開後1年から2年経った枝を、カメノコロウムシは葉を主に利用する。ツノロウムシはルビーロウムシ同様しばしば密な集団を形成するが、カメノコロウムシは比較的分散して定着する傾向がある。後者は、成虫に至っても移動能力を持ち続けており、令が進むにつれて個体の分散傾向はより顕著になる。

  

 ・イセリアカイガラムシ Icerya purchasi MASKELL

 イセリアカイガラムシは20世紀初頭に日本に侵入し、その後全国に広がって柑橘をはじめとする果樹栽培に被害を与えた[3-1]。吸汁により樹勢を弱めるほか、甘露を排泄してすす病を誘発する。ヤノネカイガラムシやルビーロウムシと同様に日本には有効な天敵がいなかったため、本種の原産地であるオーストラリアに生息するベダリアテントウが導入されるまでは、深刻な被害をもたらした[3-4,10]。ベダリアテントウの放飼により、被害が鎮静化したあとは本種による被害はあまり問題とされなくなり、現在の慣行園でもきわめて低い密度が保たれている。しかし、ルビーロウムシ同様、本種においても、柑橘園外からの移入個体が多い(本種もきわめて広範な植物を寄主とする)と考えられ、また、天敵であるベダリアテントウはやはり薬剤に対する耐性が低く、慣行園では個体数がきわめて少ない。したがって、慣行園では、ヤノネカイガラムシなどに対する多量の薬剤散布の副次的な効果によって本種の増殖を抑えているのが現状である[3-1]。

 越冬態は一定していない。生涯を通じて歩行することができ、主にミカンの株内で移動する。葉、枝、幹など地上部のさまざまな部位を吸汁場所として利用している。調査地では年に3世代を繰り返す。

  

 ・ミカンヒメコナカイガラムシ Pseudococcus citriculus GREEN

 これまで本種が柑橘栽培において深刻な被害をあたえた事例は報告されていない。しかし、慣行園においても、しばしば密度が上昇することが知られている[3-2,13]。他のカイガラムシと同様、吸汁による植物体への直接的な加害とともに、大量の甘露を排泄するためにすす病を誘発することによる果実品位の低下が主に問題とされる。

 本種は、省農薬園では、年3世代から4世代を繰り返す。カイガラを形成しないため、さまざまな捕食者の餌となっていると考えられる。地上部のさまざまな部位を生息場所として利用するが、樹皮の割れ目や葉が密に茂ったところなど、遮蔽された場所に密な集団をつくることが多い。おそらく、そうした場所に生息するために薬剤が行き届きにくく、それが密度上昇につながっていると考えられる。生涯、移動が可能で、ミカン株内を歩行移動する個体を頻繁に観察できる。

  

 ・ヒラタカタカイガラムシ Coccus hesperidum GREEN

 世界中の熱帯、温帯に分布し、いくつかの地域では柑橘などの果樹栽培に大きな被害を与えていることが報告されている[3-2]が、日本では、前種と同様、本種による大きな被害が問題となったことはない。しかし、時には密度が局所的に高くなることがあり、やはり、排泄した甘露にすす病が発生し、果実の品位を低下させる。

 主に、葉や若い枝を生息場所として利用する。成虫になっても歩行移動することができるが、その頻度、距離は非常に小さく、ほとんどの場合、樹内でわずかに位置を変えるにとどまる。省農薬園では年3世代を繰り返す。

  

 b. 病気(植物病原菌)

 ・そうか病菌 Elsinoe fawcettii BITANCOURT et JENKINS

 そうか病は柑橘類の重要病害の一つであり、子のう菌類に属す糸状菌によって発生する。被害はミカンの樹全体にわたって表われ、葉、果実、枝といった各部位にそれぞれ特徴的な病斑を形成する。本病害の第一次感染源は、葉や枝の病斑で越冬した前年の菌であり、4月の中旬頃より降雨時にそれらの菌が多量の胞子を作り始める。胞子は微細な雨滴や霧によって運ばれ、若葉や果実の上で発芽し侵入する。侵入した病原菌は、病斑を形成し、その上に分生胞子を作り二次感染を繰り返す。一般に葉の成長が止まる6月頃には発病が止まるが、雨さえ降れば夏に成長する夏枝や秋に成長する秋枝にも発病する。これらは翌年の伝染源として重要である。

 ミカン葉での病斑は、組織が若い間に感染したものでは突起状のいぼ型病斑となり、それ以後に感染したものは、かさぶた状のそうか型病斑となる。果実にこのような病斑がたくさんできると肥大せず、激しいときには早期に落果する。また、残った果実も果皮が厚く、小型で外観が悪くなり、商品価値を失ってしまう。これらのことから、かつてはミカン園経営に大きな被害を与えうる重要病害であったが、現在では薬剤(ベノミル剤、チオファネート剤など)によって容易に防除できるため、本病害によって大きな被害が出ることは稀である。長期にわたる薬剤散布による強度薬剤抵抗菌の出現は、現在のところ確認されていない。

  

 ・すす病菌 Capnodium salicinum MONTAGNE ほか数種

 すす病はいくつかの病原菌によって発生する症状の総称であり、現在わが国では10種類の菌が本病の病原菌として確認されている。これらはすべて子のう菌に属する糸状菌であり、カイガラムシ、アブラムシ、コナジラミなどの排泄物に寄生的に繁殖し、その名の通りミカン葉の表面に黒いすす状の菌叢をつくる。これらのスス(菌叢)は容易に葉の表面から剥離し、ミカン葉組織への菌糸の侵入、進展は認められないが、ミカン葉への太陽光照射を減少させ、その同化作用を妨げるとともに、果実に発生した際にはその商品価値を著しく低下させる。本菌は柑橘害虫に付属的に発生する病害であり、害虫防除が行なえれば本病害が発生することはない。

  

 ・かいよう病菌 Xanthomonas campestris pv. citri

 かいよう病は細菌によって起こる流行病であり、年次による発生変動が大きいのが特徴である。葉、枝、果実の各部位に病斑が発生する。春葉では淡黄色水浸状の丸い小さな斑点の病斑であるが、その後コルク化して粗造となり、その周囲にかなり広いハローを生じる例が多い。本菌は、葉、枝梢の病患部で潜伏越冬し、春先の雨で分散し傷口や気孔から侵入する。傷口感染の例として、ハモグリガの食害による傷口からの侵入がよく知られている。本病が発生すると葉が落ちやすくなり、枝も折れやすくなることが報告され、また、果実も外観が悪くなるだけでなく、幼果時に感染すると落果が多くなる。いったん侵入した病原菌には、薬剤による防除の効果が薄いため、柑橘病害のなかで最も難防除病害として知られている。

  

 c. カイガラムシ類以外の害虫

 ・ゴマダラカミキリ Anoplophora malasiaca (THOMSON)

 本種の幼虫は、主に幹に穿入してその内部を食害する。幼虫の食害を受けた株は、樹勢が弱まり、その成長や果実の収量が低下する。羽化後に成虫も葉や枝を摂食するが、幼虫の穿入による被害に比べればその被害程度は小さい。複数の幼虫個体が穿入するなどして、幹の維管束部が激しく食害されると、株全体が枯れることもある。したがって、発生密度が高くなると大きな被害をもたらすことになる。本種は、ミカン以外にも多くの果樹、広葉樹を寄主植物として利用することができるため、慣行園へも、ある程度の個体は絶えず侵入していると考えられる。幹内部に穿入した幼虫は、防除することが難しく、また、成虫は断続的に飛来してくるので、防除は、幹に産下された卵や穿入して間もない時期の幼虫に対してなされることになる(1章参照)。

 成虫は6月中旬から7月中旬に出現する。幹から脱出した成虫は、枝や葉を摂食しつつ、飛翔によって頻繁に移動する。7月中旬から8月上旬にかけて、卵が地表近くの幹に生みつけられる。8月下旬頃までには孵化した幼虫が幹内に穿入する。穿入した幼虫は幹内で1ないし2度越冬したあと羽化する。羽化の際には、幹に約1cmほどの円形をした明瞭な脱出孔がつくられるので、株ごとに羽化成虫数を過去に遡って計測することができる。

  

 ・ミカンハダニ Panonychus citri MCGREGOR

 ヤノネカイガラムシと並び重要な防除対象害虫となっている。幼虫、成虫ともに、主に葉に口を挿入して、細胞液や葉緑体を吸収する。加害をうけた葉は光合成能力が減少し、ひどく加害された場合には落葉しやすくなる。本種が激しく発生すると樹勢はおとろえ、収量も著しく減少する。世代期間が短く(年間10世代以上を繰り返す)増殖力にすぐれているため、薬剤に対する抵抗性が発達しやすく[3-14]、同じ薬剤を連用すると大発生することがある[3-14,15,16]。このため、薬剤を多用する慣行園ではしばしば大きな被害をもたらす。

  

 ・アブラムシ類

 ミカンにはいくつかの種類が発生するが、省農薬園では、ミカンミドリアブラムシ Aphis citricola VAN DER GOOTとミカンクロアブラムシ Toxoptera citricidus (KIRKALDY)が普通に確認された。両種とも、主に新梢を吸汁場所としており、そこでコロニー単位で増殖する。十分に枝・葉が伸長する前にコロニーが大きくなると、枝・葉は変形したり枯れてしまったりする。そのため、とくに株が若い間はその被害が大きい。年間10世代から20世代を繰り返す。世代期間が短く、園外からの飛来も多いので、慣行園でもしばしば発生する。

  

 ・その他の病害虫

 省農薬園においては、調査期間を通じて、以上にあげたもの以外の病害虫はきわめて密度、発生量が少なかった。鱗翅目のアゲハチョウ Papilio xuthus LINNAEUS、ミノガ Bambalina sp.、クワゴマダラヒトリ Spilosoma imparilis (BUTLER)の幼虫、半翅目のアオバハゴロモ Geisha distinctissima WALKER、ホソヘリカメムシ Cletus punctiger DALLAS、チャバネアオカメムシ Plautia crossata stali SCOTTなどがわずかに発見されたが、その密度はきわめて低かった。これらの種類は、薬剤散布の多い慣行園では、ほとんど生息していないものと考えられる。チャノキイロアザミウマ Scirtothrips dorsalis HOODは、調査地周辺の慣行園では果実に加害して品位を下げる害虫として防除の対象となっている(表1-2)が、薬剤散布の徹底により現状では密度は低く抑えられていると思われる。省農薬園では、この種はほとんど観察されなかった。

  

 

(2)グレイド法による省農薬園の病害虫調査

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 1980年から1991年までの12年間、省農薬園における7種のカイガラムシ密度と3種の病気の発生度合を毎年7月下旬と11月上旬に調査した。7月下旬の調査では、ロウムシ属3種以外のカイガラムシについては、各種の第1世代の新成虫を、ロウムシ属3種については、各種の孵化後1ヶ月未満の2令幼虫を、それぞれ対象とした。また、11月上旬の調査時には、いずれのカイガラムシにおいても、それぞれの成虫を対象とした。病気については、2つの調査時期の間に、特記すべき方法・対象などの違いはなかった。この調査は、短時間の見回り調査による簡易推定法であるグレイド法[3-17]を用いて、省農薬園の全株について行なった。この方法では、カイガラムシ各種の密度と病気各種の病斑葉発生頻度が、1株ごとに、それらの相対的なレベルの違いを表わす4段階(病気では5段階)の密度グレイドで記録した。実際の調査では、3~4人の調査者が1組になって、1株について約3分を費やし、それぞれが株全体を見回って概観した後、各部位を分担して葉・枝を精査し、あらかじめ設定した基準(表3-1)にもとづいて、調査者全員で相談の上、密度グレイドを決定した。

  

  

(3)省農薬園における枯死原因の推定

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 各回のグレイド調査では、害虫によって枯死に至った株を検出できた。また、推定が可能であった場合は、どのような原因で株が枯れたのかを同時に記録した。枯死の原因は、枯死発見時の情報だけでは推定することが困難な場合が多い。そこで、枯死の原因を特定するにあたり、枯死以前の害虫の発生状況の記録を検討して、改めて原因の推定を行なった。各回のグレイド調査時の枯死の記録には、記述の曖昧なものもいくつか含まれており、それらについては、とくに詳細に枯死原因の再検討を行なった。そのため、以前に公表したデータ[3-18]と若干異なった結果が得られた。

  

 

(4)密度グレイドにもとづく省農薬園のカイガラムシ密度の推定

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 調査期間を通じて密度の高かった3種の固着性カイガラムシについては、11月上旬の調査における前項の密度グレイドの精度を検討し、各グレイドの平均密度をもとめることによって単位枝(2歳枝より先の葉と茎の部分をまとめたもの)1本あたりの雌成虫個体数を推定した[3-18](表3-2)。この株ごとの密度にもとづいて3種の省農薬園全体の平均密度の年次変動を明らかにした。

  

 

(5)サンプリングによる省農薬園における害虫密度調査

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 密度グレイドによる密度の推定を補うとともに、グレイド法では調査できないアブラムシ、ミカンハダニの発生密度の変動を明らかにするために、省農薬園において、サンプリングによる害虫の個体数調査を行なった。1986年から89年までの各年と91年の、11月のグレイド調査とほぼ同じ時期(10月中旬~11月上旬)に、省農薬園においていくつかの株から単位枝のサンプリングを行なった。無作為に選んだ成木20株の樹冠上層部、樹冠下層部、樹冠内部の三つの部位から、部位あたり3本、1株あたり計9本の単位枝を無作為に選び、それらを切りとってポリエチレンの袋にまるごと密閉し研究室にもちかえった。採取後3日以内に、実体顕微鏡を用いて、それらの枝にいるアブラムシ、ミカンハダニ、鱗翅目幼虫などの食植性昆虫の個体数を記録した。対象となる株の選定は1986年の調査開始直前に行ない、以後の調査を通じて同じ株を対象とした。ただし、調査期間の途中で枯死・衰弱などによりサンプリングの継続が不可能になった5株については、その都度、隣接する株に対象を変更した。また、同様の調査を、同じ20株を対象に、5月下旬と7月のグレイド調査時期(7月下旬~8月上旬)に実施した。ただし、この調査でカイガラムシ以外の食植性昆虫のみを対象とした。

  

 

(6)すす病の密度グレイドとカイガラムシ密度グレイドの間の相関

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 先に述べたとおり、すす病はカイガラムシ・アブラムシなどが排泄する甘露を栄養源として発生することが知られている。カイガラムシの発生がすす病の発生に正の効果を及ぼしているかどうかを明らかにするため、すす病とカイガラムシの間の密度グレイドの相関を調べた。すす病と発生のピークの同調したツノロウムシ、個体数の多いルビーロウムシを対象とし、甘露を排出しないヤノネカイガラムシや個体数の少なかったその他のカイガラムシについては分析しなかった。

  

 

(7)慣行園におけるグレイド調査

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 1992年7月の調査時に、和歌山県海草郡下津町大窪の集落近辺にある慣行園2ヶ所(それぞれ松本武氏、仲田芳樹氏所有)からランダムに選んだ各25株について、同様のグレイド調査を行なった。これらの慣行園は省農薬園からそれぞれ直線距離で約870mと約1420m離れており、途中は急斜面のミカン慣行園あるいは落葉広葉樹、タケ類を主体とする二次林で隔てられていた。

  

 

(8)慣行園におけるグレイド調査

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 前項(7)のグレイド調査を補い、省農薬園と慣行園の間のカイガラムシ密度の差をより詳細に明らかにするために、上記(7)でグレイド調査を行なった二つの慣行園において、サンプリングによる害虫の個体数調査を行なった。それぞれの慣行園から各25株を無作為に選び(ただし、慣行園で調査対象とした株は、(7)で用いた株と重複しないようにした)、それぞれの株から、(5)で示した方法にしたがって、調査対象となる枝を選んだ。また、比較対照のために、(5)で用いた省農薬園の20株も調査対象とした。そして、1992年7月26日に、これら70株について1株あたり計9本の単位枝を任意に選び、害虫各種の個体数を記録した。ただし、この調査では枝を切らずに、野外において個体数の計数を行なった。

  

 

(9)ゴマダラカミキリの発生頻度調査

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 1991年の7月下旬に、ミカンの根元の株に残されたゴマダラカミキリの羽化脱出孔の頻度を省農薬園と慣行園(上記(7)(8)でもちいた二つの園)で調査した。この園のミカンの株は栽植後約25年ほどたっており、省農薬園のものとほぼ同じ年令である。省農薬園と二つの慣行園からそれぞれ無作為に選んだ50株(慣行園は各25株)について、根元に見られるすべてのゴマダラカミキリの羽化脱出孔の数を記録した。

  

 

(10)樹冠のこみあい度とそうか病グレイドとの相関

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 ミカン株間の樹冠のこみあい度がそうか病発生に正の影響を与えるかどうか明らかにするために両者の相関を調べた。樹冠のこみあい度は隣接する4株のミカン木を単位として次に与える式で算出した。樹冠こみあい度=樹冠面積/株面積。株面積は、4株のミカン木が占める総面積で、株の位置と樹冠の広がりから算出した。また、樹冠面積は、ミカン株の東西南北の4方向の樹冠半径を用いて各方向の扇形の面積を算出し、その4つの扇形の面積を合計して近似的に一本の株の樹冠面積とし、4本のミカン株のそれを合計して求めた。