3章 省農薬園における病害虫発生状況  3.結果

(1)省農薬園におけるカイガラムシの密度の年次変化

 

 7月と11月の密度グレイドにもとづく各種カイガラムシの密度の年次変動を示した(図3-1)。また、ヤノネカイガラムシ、ツノロウムシ、ルビーロウムシの3種については、11月の密度グレイドから算出した単位枝あたり雌成虫個体数で示される密度の年次変動も示した(図3-2)。7月の時点では、全種において、それぞれの年次の個体群成長は初期段階にあり、発見が比較的容易な成虫個体は少なく、年2世代以上をもつ種では、令構成の株間のばらつきが11月の時点に比べて大きかった。また、図3-1に示されるように7月の密度グレイドの方が11月のものより年次間の変動が大きかった。そこで、年次変動の傾向を明瞭にするために、11月の密度グレイドの年次変動を示した(図3-3)。また、1986年から91年まで実施したサンプリング調査の結果もあわせて示した(図3-4)。

 

 

 

  

 a.ヤノネカイガラムシ

 ヤノネカイガラムシの密度は、マシン油乳剤を散布していた時期(1985年以前)、天敵導入のためにマシン油乳剤を散布しなかった時期(1986~1988年)、導入した2種の寄生蜂の効果が現われ始めた時期(1989年以降)の3つの時期で大きく異なっている(図3-1,2,3)。

 マシン油散布期には、グレイド2以上の株は15%に達せず、グレイド3の割合は3.3%を越えなかった。また、グレイド0の株の割合は37~87%の間で推移した。単位枝あたり雌成虫個体数は、1983年に大きく減少している(値は0.767)ことを除けば、密度変化の振幅は小さく3.048~4.618の範囲にあった。

 マシン油停止期には、グレイド0の株が急激に減少するとともに、グレイド3の株が急激に増加し、その割合は1987年11月に26%に達した。単位枝あたり雌成虫個体数は、87年には33.1となり、翌88年もほぼ同じ水準(30.7)が維持された。この2年間には、グレイド2以上の多くの株では、若い枝葉が枯れ始め、88年11月には、グレイド3の株の大部分は、枯死寸前の状態を呈した。

 1989年以降は、87年に導入した2種の寄生蜂の寄生の効果により、グレイド2以上の株の割合と単位枝あたり雌成虫個体数が急激に減少した。90年には単位枝あたり雌成虫個体数が2.254となり、83年を除くマシン油散布時の水準を下回った。このように、89年7月以降ヤノネカイガラムシの平均密度は減少を続け、ヤノネカイガラムシの生息が確認できた株数(グレイド1以上の株数)も90年7月には減少した。ただし、後者の値は、91年11月にはわずかに増加した(図3-1)。

 サンプリング調査の結果も、グレイドに示される密度の増減と同様の傾向を示した(図3-4)。マシン油散布停止後の87年と88年には、単位枝あたりの雌成虫個体数は100頭を越えたが、導入寄生蜂の効果が現われた89年には14.6頭に激減し、91年には4.1頭へとさらに低下した。

 1985年を除くすべての年で、1以上および2以上のグレイドの合計割合は、7月よりも11月で値が高くなった(図3-1)。

  

 b.ツノロウムシ

 ツノロウムシでは、7月と11月の間で密度グレイドの割合に大きな違いの見られる年があった(1984, 85, 86, 87, 91年、図3-1)。これらのいずれの年においても、若令幼虫が対象となる7月に比べて成虫が対象となる11月で、2以上のグレイドの割合が大幅に減少していた。

 11月の密度グレイドあるいは単位枝あたり雌成虫個体数をみると、ツノロウムシは、1982年と87年に明瞭な山をもつ、幅の大きい個体数変動をしていることが示された(図3-2)(図3-3)。

 1982年の山では、11月の調査で、グレイド3の株が43.9%を占め、グレイド2を合わせると79.0%に達した(図3-3)。翌83年の11月も、グレイド3は全株の21.1%を占め、グレイド2以上の株の割合も58.0%と高かった。82年、83年には単位枝あたり雌成虫個体数がそれぞれ5.939, 3.395となり、ヤノネカイガラムシの密度を上回った。

 1987年の山は、前の山に比べて水準が低く、また山の翌年の密度減少は前の山よりも激しかった。この山の時点には、11月の調査において、グレイド3は24.4%、グレイド2を合わせて49.3%に達した(図3-3)。この年に山を示した後、密度は減少し続け、91年には調査期間中でもっとも低い値(0.244)を示した。87年以後の密度の減少はサンプリング調査の結果でも裏付けられた(図3-4)。

 グレイド0の株は調査期間を通じて少なく、80年と84年、91年のそれぞれ11月の調査以外では、10%前後以下であった(図3-1)。ツノロウムシは早い時期に調査地全体に分布域を拡げており、調査開始時(1980年11月)に、グレイド1以上の株は既に57.5%に達していた。

  

 c.ルビーロウムシ

 調査を開始した1980年11月には、ルビーロウムシの単位枝あたり雌成虫個体数は前2種に比べて低く(0.142)、グレイド1以上の株は全体の4.5%に過ぎなかった(図3-1,3)。しかしその後、83年と89年を除いて、11月におけるグレイド1以上の株の割合および単位枝あたり雌成虫個体数はともに緩やかに増加を続け、88年には後者は5.669に達し、また91年には前者が98.6%となった。グレイド2、グレイド3の割合も、83年と89年を除いて、年を追うごとに徐々に増加し、グレイド2以上の割合は、88年と91年にはそれぞれ22.7%、18.0%となった。

 サンプリング調査においても、密度は、19.3%(前年比)減少した89年を除くと、86年から91年にかけて増加する傾向が示された(図3-4)。1991年には、単位枝あたり雌成虫数は、平均15.1頭に達し、省農薬園のカイガラムシ類のなかで最優占種となった。

 前2種と異なり、各年次内の7月と11月の間の密度グレイドの割合の差は比較的小さかった。

 以下に示す4種のカイガラムシについては、密度の高い集団が観察されることは調査期間を通じてほとんどなく、グレイド2以上の株の割合は各年ともきわめて低かった(図3-1,3)。サンプリング調査においても、個体がまったく発見されない株が多くの割合を占め、年によっては推定誤差が大幅に大きくなった(図3-4)。

  

 d.ミカンヒメコナカイガラムシ

 11月の密度グレイドは、1982年以降90年までグレイド1以上の割合が増加を続け、90年には72.6%に達した(図3-3)。7月の密度グレイドも同様の傾向を示し、84年と88年, 89年を除いて、82年から90年にかけてグレイド1以上の割合が増加を続けた。2以上のグレイドの割合がきわめて低く、5%を越えることがなかった(図3-1)。

 1984, 88, 89, 90年では、7月に比べて11月の方が1以上の密度グレイドが高かったが、それ以外の年では逆に11月の方が高く(ただし、82年は両月ともグレイド0が100%)、季節のちがいによる密度グレイドの変化の傾向は明瞭ではなかった(図3-1)。

 サンプリング調査の結果をみると、単位枝あたりの老令幼虫と成虫をあわせた個体数は、1986年から91年まで0.23頭から1.61頭の範囲を推移した(図3-4)。いずれの年でも、個体数が1頭も発見されない株が全サンプルの大部分を占めたが、先に述べたように本種はしばしば集団を形成するため、個体数の多い集団が全サンプル中に1, 2個でも含まれた場合(1986年と91年)には、全体の推定個体数は他の年に比べて異常に高くなった。

  

 e.カメノコロウムシ

 1986年7月以前は全株がグレイド0であった(図3-1)。1986年11月以降、調査地内における分布域を急速に拡大し、1989年以降は60~80%の株で生息が確認された。グレイド2以上の株は89年7月に5.9%、90年7月に6.8%に達したが、その他の年では約2%以下(最大2.2%)で推移しており、増加傾向は認められなかった。グレイド3の株は89年から90年にわずかに見られたが、1%前後にとどまった。

 サンプリング調査の結果をみると、1986年から89年にかけては、平均単位枝あたり雌成虫個体数が増加する傾向を示したが、1991年には逆に大きく減少した(図3-4)。

  

 f.イセリアカイガラムシ

 1982年以降、85年と89年を除き、グレイド0の株の割合が減少しており、91年には80.2%の株で生息が確認された(図3-1)。グレイド2の株が、84年、86年と88年にそれぞれ0.41%、3.46%、1.42%とわずかに増加したが、それ以外の年にはグレイド2に分類されるほど密集した集団が形成されている株は確認できなかった。

 サンプリング調査では、個体を発見できた株が大部分を占めたが、1986年と87年を除いて、単位枝あたりの雌成虫と老令幼虫をあわせた個体数はきわめてわずかだった(88年4株、89年と91年は各3株)。そのため、それらの年では平均個体数の推定幅も大きくなった(図3-4)。86年も株間の発見個体数のばらつきが大きかった。

  

 g.ヒラタカタカイガラムシ

 1985年と87年の7月、91年の7月・11月にはグレイド1以上の割合は40~60%となったが、その他の調査時ではその割合は低く、0~15%で推移した(図3-1)。1983年と91年を除いたすべての年で、11月に比べて7月の方がグレイドが1以上である株の割合が高かった(図3-1)。

 サンプリング調査の結果においても、1986年から1989年の4年間には、まったく個体の発見できない株が全体の70%以上を占めており、平均単位枝あたり個体数(成虫+老令幼虫)は0.023頭から0.15頭の範囲にあって他種に比べて低かった(図3-4)。1991年は、平均単位枝あたり個体数は1.01頭となったが、発見個体数が0頭の株と十数頭から数十頭みられる株の両極端に分かれ、その推定幅は大きくなった。

 

 

(2)省農薬園における病気の密度グレイドの年次変化

 

 a.そうか病

 調査期間を通じて全株の80%以上でそうか病の病斑が認められ、本園でもっとも発生率の高い病害であった(図3-5)。1983年と87年以外は、各年次内のグレイド2以上の割合は、7月の方が11月よりもかなり高い値をとった。同様の傾向は、3以上のグレイドの割合についても、83年以外のすべての年で認められた。1982年7月、83年7月・11月、86年7月・11月、89年7月から90年7月にかけての調査時にグレイド2以上の株の比率が40%を越えた。

  

 b.かいよう病

 1980年11月には、全園にかいよう病が拡がり、76.9%の株に病斑が認められ、グレイド3の株が1.4%見られた。しかし、この年の例外的な流行を除けば、かいよう病の発生は限られており、病斑の認められた株(グレイド1以上の株)の割合は、1981年以降、調査期間を通じて20%を越えることはなかった(図3-5)。さらに83年7月・11月、84年7月を除くと、グレイド1以上の株の割合はさらに低くなり、5%を越えることがなかった。

  

 c.すす病

 1981年7月から82年11月にかけて、すす病がもっとも激しく発生した。この期間には35%以上の株ですす病の発生が認められた(図3-5)。82年11月には、すす病の発生していた株が74.4%、グレイド2以上の株が54.5%、グレイド3以上の株も32.0%に達した。1987年と90年、91年のそれぞれ11月にもグレイド2やグレイド3の割合がやや増加したが、81・82年の発生に比べればその程度は小さかった。年次内の季節間の発生程度の大小についての一般的な傾向は認められなかった(図3-5)。

  

  

(3)すす病とツノロウムシ、ルビーロウムシの間の密度グレイドにおける相関

 

 ツノロウムシあるいはルビーロウムシの発生程度の違いがすす病の発生の有無に影響を与えているかどうかを知るために、ひとつの株におけるそれぞれのカイガラムシの11月の密度グレイドとすす病の発生の有無の相関関係を調べた。対象とするカイガラムシの密度グレイドとすす病のグレイドの頻度の独立性を、観察度数と期待度数の間のχ2値を算出することによって検定した(表3-3)。ここでは、全調査期間(12年間)のデータを同時に対象とした。ただし、他種のカイガラムシの発生の影響を排除するため、対象種以外のカイガラムシの密度グレイドが2以上となった株はこの解析からは除外した。この検定法の制約上、分割表(表3-3)の1つの項目の期待度数が5以下になってはいけないので、カイガラムシの密度グレイドの2と3の度数を合算してひとつのカテゴリーとした。すす病の発生の有無は、それぞれグレイド1以上かグレイド0かで分類することにした。

 表3-3に示すように、ルビーロウムシあるいはツノロウムシのいずれかの密度グレイドが2以上の株で、すす病が有意に高い頻度で発生していることが示された(それぞれ、χ2 = 707.72, P < 0.0001; χ2 = 355.259, P < 0.0001)。

 

 

(4)慣行園におけるカイガラムシ・病気の発生状況

 

 5種のカイガラムシ、ミカンヒメコナカイガラムシ、ツノロウムシ、ヤノネカイガラムシ、カメノコロウムシ、ルビーロウムシ以外のカイガラムシと病気3種については、すべての株で密度グレイドが0となった(図3-6)。発生が確認された5種のカイガラムシについても、2以上のグレイドに分類される株はまったくなかった。また、ミカンヒメコナカイガラムシを除く残りの4種では、省農薬園のものに比べると、グレイド1の頻度は大きく下回っていた。

 慣行園と省農薬園で同時に行なったサンプリングによる害虫密度調査の結果をみても、ほぼすべての害虫について、慣行園では、省農薬園に比べて密度が著しく低くなっていることが明らかになった(図3-7)。

 

 

(5)カイガラムシ以外の害虫の発生状況

 

 省農薬園のサンプリング調査によって確認できたカイガラムシ以外の害虫は、アブラムシ類、ミカンハダニ、ミノガ、アゲハチョウ、クワゴマダラヒトリ、シャクガの1種の幼虫であった(図3-8)。最後のものは1987, 88, 89年に各1頭が確認されただけだったので図示しなかった。

 アブラムシ類は、ほぼ毎回(1986年5月から89年11月の各調査と91年の5・8月)発見された。いずれの年でも5月にもっとも個体数が多く、季節が進むにつれて個体数は減少する傾向が認められた。アブラムシ類は、コロニーを形成するため、発生している株と、していない株の間で個体数が大きく異なっており、個体数の推定幅は大きくなった。

 ミカンハダニは1986年5月と8月、87年5月の調査で発見されたが、他の調査においてはまったく発見できなかった。

 鱗翅目の幼虫は、1987年5月にクワゴマダラヒトリが比較的多数見られた以外、全期間を通じてきわめて低密度で推移し、アゲハチョウ、ミノガの幼虫がわずかに発生しただけであった。

  

 

(6)ゴマダラカミキリ発生頻度の省農薬園‐慣行園間比較

 

 ゴマダラカミキリの羽化脱出孔の株あたり平均数は、省農薬園で1.82個、慣行園で1.10個となった。脱出孔数の頻度分布をみると、省農薬園の方が、脱出孔のない株数の頻度はきわめて少なく、逆に1~3個の孔をもつ株の頻度は多かった(図3-9)。省農薬園の株の方が、慣行園のものよりも有意に多くの脱出孔をもつ傾向が示された(Man-Whitney検定、Z = 2.964, P = 0.003)。

 

 

(7)省農薬園における害虫の食害による枯死

 

 省農薬園での調査を開始した1980年以降の各年の株の枯死頻度を原因別に示した(表3-4)。年平均の枯死率は 1.7 %、のべ99株が枯れた。ゴマダラカミキリの食害による枯死頻度がもっとも高く、のべ40株にのぼり、ついで、幼木の定着不良によるものが34株にのぼった。この2つの原因以外の枯死頻度はこれらに比べてかなり低く、ヤノネカイガラムシの食害による枯死(のべ7株)が3番目に多い枯死原因であった。頻度の高い2つの原因を除けば、それぞれの原因による年あたりの枯死株数は3株をこえることはなかった。

  

  

(8)樹冠のこみあい度とそうか病グレイドとの相関

 

 樹冠のこみあい度、すなわち株間の空間の大小が、そうか病発生に影響を与えているかを調べるために、樹冠こみあい度とそうか病グレイドとの相関関係を調べた。調査園の3ヶ所において合計99本のミカン株の樹冠面積を調べ、4本を組として76ヶ所の樹冠こみあい度を算出した。またそうか病グレイドは、対応する4本の調査木の7月と11月の見回り調査によるそうか病グレイド値を合計し、1回の調査のミカン株1本当たりの平均値を用いた。両者の相関を調べたところ有意な相関(r=0.724, n=76)が認められ(図3-10)、樹冠こみあい度が高くなるほど、そうか病が発生し易くなることが示唆された。