4章 省農薬園における 雑草発生状況とその防除 4.考察

 

 出現草種について今回の調査結果を1980-81年の記録[4-7]と比較してみると、主要草種にはほとんど変化がない。しかし分布域や生育量については記録がないため、それらについては今回の結果と比較することはできない。またこの間にミカン樹の生育によって地表面の日照条件が変化していることが推察され、その影響による草種構成の変化も存在すると考えられる。ともかく草種構成で見るかぎり、省農薬園の雑草は多年生の強害草が少なく、熟畑化した園であると判断される。一般の柑橘園で問題となる多年生草種の多くは階段畑の法面からテラス面へ侵入する。省農薬園が段々畑ではなく傾斜地であることがこうした草種が少ない理由の一つと考えられる。また階段畑ではその法面の雑草管理-刈取が中心となる-にかなりの労力を費やしているが、省農薬園では法面除草はほとんど行なう必要がない。加えて省農薬園は開園後の年数が浅く、かつ,立地が他の園と離れていることがこれらの草種の侵入の機会を少なくしていることも推察される。

 樹園地の雑草植生は除草剤処理、刈取頻度、耕起などの管理法と密接が関係がある。省農薬園では1989年から1991年までの調査期間中は、除草剤をできるだけ使用せず、刈取による雑草管理を行なった。そのために園内に侵入、生育できた種数が多くなったと考えられる。生育が記録された42科134種は、実際に省農薬園に生育している種ではなく、管理体系が変化したときに侵入、定着しうる可能性のある種と考えるのが妥当である。例えば周囲の二次林からの侵入と考えられる雑潅木類の実生が毎年園内で確認される。しかしそれらはほとんど刈取によって枯死するため一年以上生育できない。一方、省農薬園の優占雑草であるメヒシバ、イヌムギはいずれも刈取後も分蘖による再生が旺盛な草種である。したがってこれらは刈取によって枯死することはなく、生育可能な期間中、優占種として存在できる。

 いくつかの多年生草種が調査期間内にその生育を増加させたため、移行型茎葉処理除草剤によるスポット散布が行なわれた。このことは刈取のみによる雑草管理を継続した場合、これらの草種がより繁茂する可能性を示唆している。実際1988年夏期に、つる性の多年草ヘクソカズラが初期防除の遅れから省農薬園全域に繁茂し、一部のミカン樹に絡み付いて庇陰するまでに至り、同年二度にわたる徹底した除去作業が行なわれた(表4-1)。しかしながらこれらの多年生草種の分布は通常侵入初期には局所的であり、その防除に全園に対する均一な除草剤散布を必要とするものではない。人力あるいは移行性茎葉処理剤のスポット処理によって繁殖を防止することが可能であり、そうした薬剤の携帯式スプレー型の製品化は有効と考えられる。

 シロクローバの導入は一時的に園の一部に他草種の生育を抑制する効果を挙げたが、播種後2年目に衰退した。クローバのみで全園にわたって永続する草生被覆効果を期待することはできない。とくに、最も問題となる夏期の高温乾燥時のイネ科雑草との競合はクローバを著しく衰退させる[4-2]。

 地表面の日照条件の良い園北部では、植被率が高く、春期から夏期にかけて大型のイネ科草本の繁茂が著しい。そして年間2ー4回のこれらイネ科雑草の刈取にかなりの労力を必要としている。これらを無除草で放任した場合、夏期に幼木との間に激しい養水分競合が生じ、ミカン樹の生育を阻害する[4-13]ことが予想される。実際省農薬園において、土壌物理性に起因して樹の生育が不良な園北部を中心に、雑草防除に年間かなりの労力を費やしている。しかし園中央部では樹冠が密閉し、地表面は暗く、雑草の生育はほとんど問題とならず、刈取も必要でない場合が多い。竹林[4-14]は20年にわたる記録から、土壌改良などによるミカン樹の早期の成木化が、雑草防除にとって最大の方策であるとしている。省農薬園においてもそれは正しいと考えられる。

 1991年以降は作業者の事故や高齢化もあいまって、刈払機による刈取作業から除草剤による防除が中心になっている。その結果、草生時のようなイネ科雑草の繁茂はほとんどみられなくなり、また出現草種も少なくなった。

 雑草が果樹に与える影響は、多くの場合、雑草のみが単独に関与していることはなく、土壌、樹勢(樹冠下の光条件)との相互関係が存在している。永年生作物である果樹の圃場試験を高い精度で行うためには多くの年月と労力が必要である[4-15]。多くの土壌管理法比較試験では、草生区を均一な植生で維持することが困難であり、長期間の試験を行うことは難しい。そのため、日本において果樹と雑草との相互作用について成木にまで及ぶ長期間の試験結果はほとんど得られていない。少なくとも成木に対する雑草の影響は少なく、幼木に対する害が大きいことは多くの試験で実証されている。以上に加えて省農薬園では年による雑草防除対策および雑草量の変動が大きく、それらについての長期の記録も十分には存在しない。そのため省農薬園の雑草がミカン樹に対して与えている影響を査定することは困難である。

 

 文献

 

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