5章 病虫害の被害解析 1.はじめに 2.調査方法

1.はじめに

 

 前章では、慣行園と簡単な比較を行ないながら、省農薬園の病害虫発生状況について記述した。我々が、実施してきた、年一度の冬季マシン油乳剤散布という省農薬栽培においても、ミカンの栽培が不可能になる水準までには病害虫が大発生しないことが明らかになった。とくに、ヤノネカイガラムシに対する導入寄生蜂が定着しその効果があらわれてからは、マシン油乳剤散布も不要になり、よりいっそうの省農薬化が可能になることが示された。しかし、慣行栽培との比較のうえで省農薬栽培を評価するためには、各病害虫がどの程度ミカンに被害をもたらしているかについてより詳細に検討しなければならない。

 本章では、省農薬園において病害虫がもたらした被害、おもに果実の収量と株の枯死頻度への影響について解析する。まず、主要な害虫である、ヤノネカイガラムシ、ルビーロウムシ、ツノロウムシおよびそうか病の発生量と、調査期間を通した収穫果実数の関係について重回帰分析を行なった。しかし、2章でも述べたように、我々が調査を行なった省農薬園には、柑橘の栽培にとって不適であると考えられる土壌が分布している場所が含まれていた。土壌が果実数に与える影響を、病害虫の効果と分けて考えるために、重回帰分析には、病害虫についての4変数に加えて、2章の土壌分析の結果からもとめられた土壌の特性をあらわす3種の主成分スコアを変数として加えた。次に、果実数と強い相関のあった土壌の主成分スコアを基準に、省農薬園の場所を区分けして、それぞれの場所での病害虫の発生とその被害状況、果実収量などを検討した。とくに、土壌の分布と幼木の定着不良、ヤノネカイガラムシの食害、ルビーロウムシの食害、ゴマダラカミキリの食害による枯死株の分布の関連について着目した。最後に、土壌主成分スコアが「肥沃」であることを示し、一般の柑橘栽培に使われるような立地条件をもった部分における平均収穫果実量を算出して、慣行園の平均的な収量と比較した。雑草がミカンに与える影響については不明瞭な点が多いので(4章)、ここでの被害解析からは雑草の発生量については考慮しなかった。

 

 

2.調査方法

 

(1)収穫果実数と果実重の測定

 

 前章の方法(2)で示した11月の病害虫に関するグレイド調査の際に、その時点で成熟している果実を株ごとに計数して記録した。この調査では、果実が50個以下の株では全数調査を行なうため測定測定数と実数の誤差はないが、約50個以上の果実をもつ株については果実を10個単位にして読みとるため一定の測定誤差が生じる。そこでこの測定誤差の程度を調べてグレイド調査時に得られた果実数の測定値を補正するために、1994年11月に全調査木からランダムに選んだ46株について果実の全数調査を行なった。ここで得られた果実数(y)と、直前のグレイド調査時の測定果実数(x)との間にはばらつきの小さい単回帰関係(y=1.262x, R2=0.965, F=1230, p<0.0001, 二者の関係は原点を通る回帰直線になるものと仮定し切片を0とした)が認められたので、この回帰式にもとづいて、各年11月のグレイド調査で得られた果実数を補正して実際の収穫果実数とした。すなわち、各グレイド調査時に果実数が51個以上と測定された株については、その果実数に1.262を乗じたものをその年のその株の収穫果実数とした。なお、これらの調査では、病害がひどい、着色が極端におそい、極端に小さいなどの理由で、収穫されない果実は除外した。

 また、1983年に300個、87年と91年にそれぞれ100個、任意に選んだ果実の重さを計測して、果実の平均重量を計算した。

 

 

(2)株ごとの果実収量を決定する要因についての重回帰分析

 

 省農薬園の収穫果実数と、病害虫の平均密度および土壌の特性を示す指標との間の関係を、次に示す重回帰式をモデルとして重回帰分析を行なった。

 

 y =a1x1 + a2x2 +・・・+ a7x7(式5‐1)

 ただし、

 y; 各株の12年間の年あたり平均収穫果実数

 x1;各株の12年間の平均ヤノネカイガラムシ密度

 x2;各株の12年間の平均ルビーロウムシ密度

 x3;各株の12年間の平均ツノロウムシ密度

 x4 ;各株の12年間の平均そうか病病斑葉発生率

 x5;各株の位置の土壌特性に関する第1主成分得点

 x6;各株の位置の土壌特性に関する第2主成分得点

 x7;各株の位置の土壌特性に関する第3主成分得点

  a1~a7; 上記の各説明変数の偏回帰係数

 

 ここでは、各株ごとに合計した12年間の総収穫果実数の年あたり平均を従属変数とし、4種類の病害虫(密度の高かった3種のカイガラムシ、ヤノネカイガラムシ、ルビーロウムシ、ツノロウムシおよびそうか病)のそれぞれについて各株ごとにもとめた12年間の平均発生密度と、その株が位置する場所の土壌の特性を示す3種の変量の、合計7変数を説明変数とした。

 3種のカイガラムシの平均密度は、11月の調査時の密度グレイドから単位枝あたりの雌成虫個体数を推定する方法により、1980年から91年までの11月の密度グレイドにもとづいて算出した(3章参照)。そうか病の平均発生密度は、病原菌の密度グレイドの定義により、1980年から91年までの11月の密度グレイド得点(3章参照)の平均とした。

 ゴマダラカミキリについては、全株についての密度に関するデータがなく、また、それによる枯死についても頻度が低く、データのばらつきが少ないので、後で示す別の方法で分析し、ここでは取り上げなかった。他の病害虫についても、密度が低いので分析の対象としなかった。

 土壌の特性を示す指標は、2章で得られた9種の土壌に関するデータ、有効土層の深さ(cm)、表土の厚さ(cm)、土壌硬度(cm)、土壌率(%:=100-礫率)、および窒素、リン、カリウム、マグネシウム、カルシウムそれぞれの含量(mg/100g)を、主成分分析をおこなって要約したものである。3種類の指標は、主成分分析の結果、固有値が1以上となった第1主成分から第3主成分(表5-1)までのそれぞれについて、各株ごとに主成分得点を算出したものである。第1主成分は、窒素、リン、カルシウム含量などに代表される土壌の肥沃度の指標、第2主成分は、土層・有効土層の深さ、礫の少なさ、土の締まり具合の良さといった土壌の「物理的好適性」をあらわす指標、第3主成分は、第1主成分で表現できなかったカリウム、マグネシウムなどの「易溶性栄養物質に関する富栄養度」をあらわす指標と考えることができる。

 土壌の調査地点は約4株に1ヶ所の割合でとられており、それぞれは、近接する4株がつくる四角形の対角線の交点付近に位置していた。土壌の主成分得点は、土壌の調査地点ごとに算出されるが、それを近隣の4株それぞれの得点として割り当てた。対応する土壌の調査地点がない株は、重回帰分析の対象から除外した。

 以上の重回帰分析、主成分分析は、SAS統計パッケージを用いて行なった。

 

 

(3)土壌の特性と枯死頻度の相関

 

 前項の重回帰分析では、収穫果実数に大きな影響をもつと思われる株の枯死頻度と土壌の特性の関係を知ることはできない。そこで、枯死頻度と土壌の特性をあらわす3種類の主成分得点との間の関係を、SAS統計パッケージのGLM Procedureをもちいた分散分析によって調べた。

 

 

(4)土壌の特性をもとにした省農薬園の区分けと病害虫密度・枯死頻度・果実収量の区間変異

 

 前項、前々項の解析において、土壌の主成分得点のうち2種のものは、果実収量と枯死頻度の両方あるいはいずれかに対して有意に相関していることが示された(詳しくは結果を参照)。そこで、省農薬園における病虫害の加害様式を土壌の特性と関連させて総合的に評価するために、これら2種の土壌の主成分得点をもとに、省農薬園を4つの部分に区分けして、各区での病害虫密度や枯死頻度を比較した。さらに、それぞれの区における反当たりおよび株当たりの果実収量を算出した。区分けは、2種の土壌変数の省農薬園内の平面的な勾配を示す等値線図を描き、これに基づいて行なった。