5章 病虫害の被害解析 4.考察

 果実収量に関わる諸要因の重回帰分析により、株ごとの収穫果実数と、その株が位置する場所の土壌の特性に関する主成分得点のうち、第2主成分得点、第3主成分得点のそれぞれとの間に、有意な正の相関のあることが示された(表5-2)。第2主成分得点は土壌の物理的な特性をあらわし、第3主成分得点は栄養的な特性をあらわすが、いずれの得点も、値が高いほど、一般的に作物の生育にとって好適であると考えられ(表5-1、2章も参照)、重回帰分析の結果は、この2種の得点で表現される「土壌条件の良い」場所で、収量が高くなっていたことを示している。

 また、この2つの土壌に関する主成分得点は、のべ枯死頻度あるいは原因別にみた枯死頻度のいくつかと負の相関をもっていた(表5-3)。すなわち、物理的・栄養的に劣った土壌上の株では、果実の収量が低下するだけでなく、各種の昆虫(害虫)による食害や苗木の定着失敗などによる枯死頻度が高くなっていた。とくに、第2主成分得点の低いところでは、枯死頻度が有意に高くなっていた。

 2つの土壌成分の得点をもとに省農薬園平面に等値線図を描かせると、似たような特性をもった土壌が比較的まとまって分布していることが明らかになり、2つの土壌成分の得点の高低の組み合わせで、省農薬園はおおまかに4つの部位に区分けすることができた(図5-2)。Site Aがもっとも土壌条件の良い部位、逆にSite Dがもっとも土壌条件の悪い部位ということができる。Site Bは第3主成分がSite Aに比べてやや悪いだけで、それに次いで土壌条件が良いといえる。重回帰分析から予想されるように、収量は、Site A, Bで高く、Site C, D、とくにSite Dで低くなった(図5-5)。また、ほとんどの枯死が、Site D, C、とくにSite Dに集中していたが、逆に、土壌条件の良いSite A, Bではほとんど枯死が生じていなかった(図5-6)。

 Site C, Dの枯死の大部分は、主に「貧土壌」が原因で生じると考えられる苗木の定着不良によるものであり(図5-6, 表5-4)、省農薬法に起因すると考えられる、病害虫の発生による枯死はわずかであった。1990年と91年はゴマダラカミキリによる枯死頻度が高かったが、この間、「見回り防除法」は停止されており、「見回り防除法」を他の調査期間同様に実施していれば、こうした枯死は防止できたと思われる(3章参照)。89年以前も、Site A, Bに比べれば、ゴマダラカミキリによる枯死頻度は高かったが、これは、土壌の悪条件に起因する幼木期間の延長が強く関係している可能性が高い。幼木期には、慣行園においてもしばしば、ゴマダラカミキリによる枯死が発生すると言われている[5-1,3]。

 また、4区域での病害虫密度(図5-4)と各区域の収量の間には、明瞭な相関関係が認められなかった。これは、Site C, Dの減収は、土壌条件の違いが病害虫密度への影響を通して間接的にもたらされているものではなく、土壌の株に対する直接的な作用に因っていることを示唆している。

 このように、省農薬園中の、物理的・栄養的に劣った土壌、とくに第2主成分得点が低い土壌は、果実収量を大きく低下させ、枯死頻度を増加させていたことが示された。

 省農薬園は、造成の際に、Site D付近にあった表土を削って、Site AからSite Bに土を運んだため(1章)、Site Dには表土がほとんど形成されておらず(省農薬園は"段"を造成しない"山なり工法"を採用している)、この部分は、ミカン栽培にとってきわめて不適当な場所となっている。Site Cは、隣接する二次林や地形などの影響もあり日照時間が短く、土壌の物理的条件も不適で、この部分もミカンの生育には適していないと考えられる。以上に示したいくつかの事実を考慮すると、慣行的な栽培方法によって農薬を使用していても、Site C, Dのような場所では、同様の被害が発生する可能性の高いことが推察される。

 ところで、ここで調査対象とした省農薬栽培法が果実収量にあたえる影響を評価するためには、省農薬園とその対照となる慣行園におけるそれぞれの標準的な果実収量を比較する必要がある。

 省農薬園の果実収量の代表値としては、栽植後約10年が経過して本格的に収穫が始まった1983年以降の9年間の、Site A, Bにおける果実収量を採用する。この区域には、Site C, Dにみられるような、「貧土壌」に因る果実の減収(図5-5)がなく、この値には、「貧土壌」の影響を含まない、省農薬栽培による影響だけが果実収量に反映されていると考えられる。

 一方、対照となる慣行園の値は、「10 a 当たり年平均2.57 t 」とした。この値は、1993年和歌山県農林統計年報[5-4]による、下津町の早生ミカンの平均反収にもとづいた。栽植後10年以上が経過した慣行栽培下のミカン園における一般的な収量は、和歌山県では、10 a 当たり年平均3~4 t 程度になると言われているが[5-1,2,3]、省農薬園のように、山間部、傾斜地、早生品種という条件をもつ園では、海岸部、平地、晩生品種の園に比べて収量が低下する傾向があり[5-1,3]、下津町近辺の山間部の傾斜地において早生品種を栽培している慣行園では、10 a 当たり約3 t の収量が上限に近い値であるとのことである[5-3]。したがって、ここでは上記の値を採用することにした。

 1983年以降の9年間のSite A, Bにおける株当たり平均収穫果実数は167.8個であり、10 a 当たりの年平均収量では約1.83 t となる。対照となる慣行園の値が2.57 t であるから、省農薬栽培を用いることによる減収は28.8%となる。

 重回帰分析の結果では、主要な病害虫の密度のうち、ルビーロウムシ密度は収穫果実個数との間に負の相関を示しており(表5-2)、省農薬園での減収にはルビーロウムシが強く関与していることを示唆している。1983年以降の9年間の平均密度(0.5091)と重回帰分析の偏回帰係数 -9.4023 (表5-2)にもとづいて計算すると、省農薬園では、ルビーロウムシが株当たり年平均果実4.79個の減収をもたらしたことになる。この数値をSite A, Bでの平均収量にそのまま適用すると、これは慣行園収量の2.0%(減収全体の6.2%)にあたる。

 しかし、残りの減収分の原因については、今回の調査からは明らかにすることができなかった。重回帰分析による解析では、ヤノネカイガラムシ密度、ツノロウムシ密度、そうか病密度のいずれも、収穫果実数と正の相関をもっていた(表5-2)。すなわち、これらの病害虫の密度の高い株ほど果実の収穫量が多いという関係が示されたことになった。また、これらの病害虫は、枯死との関連もほとんど認められなかった。

 本調査では、収量に関わると考えられる多数の要因を制御せずに実験を行なったため、重回帰分析による比較を行なうことでしか、省農薬の影響を評価することができなかった。しかし、要因間の交絡作用、病害虫密度の偏りによる相関関係の推定過誤あるいは密度と収量の間の非線形的な関係などが存在していても、重回帰分析の方法としての限界上それを検出することができず、それらのいずれかが存在する場合には、それらの病害虫がミカンの収量にあたえる負の効果が正しく評価されない。また、省農薬園では病害虫密度がほぼすべての株において慣行園のものよりきわめて高く、ここでの重回帰分析からは、慣行園で普通みられるような密度を含む範囲における収量と密度の間の関係はわからない。たとえば、防除手段を講じなかった86年から88年にかけては、全園にわたってヤノネカイガラムシ密度が著しく増加しており、この期間にヤノネカイガラムシが樹の成長や収量におよぼした負の影響は少なくないと推定できる(3章参照)が、この被害は省農薬園のほぼ全体に及んでいると考えられ、省農薬園内だけの重回帰分析からは、慣行園と比較してのヤノネカイガラムシの減収量を推定することはできない。その他の病害虫についても同じことが言える。その他、主要な病害虫の密度増加に加えて、他の多くの病害虫の効果が集積されて、収量の減少につながっている可能性も考えられる。

 Site A, Bでは枯死頻度もきわめて低かった(表5-4)。このことは、ある程度土壌条件の良いところでは、省農薬法を採用しても、枯死が増加しないことを示している。Site A, B中のゴマダラカミキリによる枯死6例のうち、4例が「見回り防除」を停止していた1990, 91年に発生しており、これらの枯死は省農薬栽培によっても、本来は防げていたと考えられる。

 以上をまとめると、本調査で用いたような省農薬栽培下では、1)土壌条件の極端に悪いところを除けば、慣行園と比べて、約40%の減収がもたらされること、2)株ごとのルビーロウムシ密度と収量の間には負の相関があり、減収分の少なくとも14%は、ルビーロウムシの発生によるものであること、3)貧土壌、とくに物理的な特性が不適な場所では、著しい収量の低下や苗木の定着不良やゴマダラカミキリ、カイガラムシ密度の上昇による株の枯死が高い頻度で生じること、4)土壌の条件が良いところでは、「見回り防除法」によってゴマダラカミキリを防除している限り、株はほとんど枯れないこと、などが本調査で明らかになった。前述の通り、減収の大部分については、それをもたらす原因を特定することができなかった。今後は、ルビーロウムシを含めた病害虫のそれぞれについて、要因を整えた条件下で発生密度を操作するなどして、各病害虫密度と果実収量の関係を改めて詳細に検討する必要があるだろう。

 4割程度の減収を許容し、土壌条件がある程度悪いところでの栽培を断念するならば、本調査で用いたような省農薬管理によっても、病害虫を暴発的に発生させることなく、比較的安定した形でミカンを栽培することができる。低コスト・低労力あるいは安全性といった省農薬栽培の利点が、それによる減収分を上回るかどうかについては、それぞれ7章と8章で検討する。また、本章で扱わなかった品位・品質の問題については次の6章で扱うことにする。

 

 文献・注

 

1)

和歌山県果樹園芸試験場・主任研究員、菅井 晴雄・鯨 幸和 両氏による談話。1994年5月26日に中屋敷が行なった聞き取り調査による。

2)

JA和歌山営農対策室生産対策課・課長代理、宮脇 俊弘 氏による談話。1994年5月26日に中屋敷が行なった聞き取り調査による。

3)

JA下津町・和歌山県果樹園芸技術員・営農指導部主任、岡畑 浩二 氏による談話。1994年5月26日に中屋敷が行なった聞き取り調査による。

4)

1993年和歌山県農林統計年報.