6章 果実の品位・品質解析 4.考察

 省農薬、無農薬などで栽培された農作物の品位、品質が、慣行栽培で収穫された農作物と比較してどの様なものであるのか、興味を持たれるところである。一部では、それらの農作物は見かけ(品位)では慣行栽培に劣るものの、内容(品質)では優っていること等が言われている。しかし、農薬を減じた農法の場合、化学肥料使用の停止、有機質肥料の導入を主とした土壌管理の変化が伴っていることが一般的であり、農薬の不使用による影響の他に、それらの影響も考慮しなくてはならない。本園は農薬を減らした際に起こるミカン園の害虫、病害の変化を観察する実験園的な要素が強く、有機・省農薬栽培による農法の完成を目指した果樹園とは性格を異にしている。よって、本園では有機質肥料の導入による土壌管理を行なっているものの(1章参照)、一般の果樹園でも行なわれる範囲の量、頻度であり、慣行園と大きく異なった管理法ではない。このような単純に農薬を減らした果樹園で、その結果発生した病害虫により、どの様な影響がミカン果実の品位・品質与えられたのか解析することを目的とした。

 

 品位の分析では、省農薬園のミカン果実は慣行園や一般に流通している市販ミカンの果実と比較して、著しく品位が低いことが示された(図6-2)。この品位の低さはミカン園におけるそうか病の発生が原因であると考えられた(図6-3)。現在、省農薬園ではそうか病に対して何ら防除を行なっておらず、薬剤によって徹底防除を行なっている慣行園との品位の差は当然の結果とも考えられる。一般の流通経路でミカンを出荷する際には、品位の低いミカンは選果基準を満たさず、加工用、もしくは廃棄されることになるが、本園では独自の出荷経路をとり(7章参照)、「省農薬ミカン」を求める消費者へ直接販売しているため、品位の低さは大きな問題となっていない。農作物における品位の評価については、様々な価値観が存在するだろうが、本園の場合、今後特に品位の向上を目指した対策が必要とは考えない。しかし、ミカン株への影響を長期的に考えた場合、そうか病に対する防除に何らかの手段を講じることは一考に値するだろう。

 

 省農薬園のミカン果実の品質分析は、糖度、酸度および果実重に関して行なった。糖度は、'83年の調査では、慣行園と比較して有意に低く、'93年度の調査では慣行園と比較してやや高い値となった(表6-4)。'83年度の調査では、省農薬ミカン園の果実糖度は慣行園と比べて、有意に低いものであったが、本調査で用いた慣行園のミカンと一般に流通していた市販ミカンの平均糖度間にも、1%水準で有意な差があり、省農薬園の平均ミカン糖度が低いと言うより、この調査で採取した慣行園ミカンの平均糖度が高かったと推定する方が妥当であろう。調査した年度をすべて含んだ本園の果実糖度の総平均は9.84であり(表6-2)、「下津農協に入荷する早生の露地栽培ミカンの平均糖度は9.5~10.5くらい。」とのJA下津営農指導員の岡畑浩二氏の意見からも、省農薬園のミカン糖度は、調査園近辺の平均的なミカン糖度と比較してほぼ同水準であることが推定される。よって、省農薬栽培により本園ミカン果実の糖度が低下した可能性は低いと考えられる。

 

 ミカン果実の糖度に大きく影響を与える要因としては、日照、品種、土壌の通水性・降雨量、窒素施肥量等が知られており、病害虫はほとんど影響を与えないとされている [6-3]。重回帰分析の結果、土壌の第三主成分得点で表される土壌条件およびルビーロウムシの発生密度が、本園の果実糖度に影響を与えている可能性が示唆された(表6-5)。土壌の第三主成分得点は、土壌の「易溶性栄養物質に関する富栄養度」であり、マグネシウムやカリウム等の含有量が指標となっている得点である。ルビーロウムシの密度は、果実収量との負の相関も示されており(5章参照)、定着場所が果実の着果部位に近いことから考えても、ルビーロウムシ密度が果実の収量、品質に何らかの負の影響を与えている可能性は考えられるだろう。また、果実表面のそうか病と果実糖度の相関分析から、その相関係数(r=0.18)が非常に低いものの両者に有意な負の相関があることが示され(表6-6)、そうか病が果実糖度に何らかの影響を与えている可能性が示唆された。

 

 一方、ミカン果実の酸度に大きく影響を与える要因としては、標高(気温)、日照時間、開花時期、土質等が既に知られている [6-4]。10月上旬をピークとしてそれ以後に起こる酸度の時間的な低下は、果実中のクエン酸が植物の代謝によって徐々に分解されることによって起こる[6-2]。よって、酸の減少は、結実からの時間の長さと代謝速度に影響を与える温度に左右されている。前述した標高、日照時間はそれぞれ温度に影響し、また開花時期は結実時期を決定するため、結実からの時間の長さに影響を与えることで、それぞれ果実酸度と相関するとされている。

 

 省農薬園の果実の酸度は、'83年度の調査で近隣に存在する慣行園と有意な差がないことが示された。ただし、調査年度をすべて含んだ本園の果実酸度の総平均は1.30であり(表6-2)、「一般の出荷ミカンの酸度は0.7~1くらい。」[6-5]であることを考えるとかなり高い。調査のための果実サンプリングの多くが充分に酸度が低下していない早期に行なわれたことが(表6-2)、本調査における本園ミカンの酸度の高さの大きな要因と考えられる。しかし、本園では、例年11月下旬から12月上旬に収穫を行ない、12月上旬に消費者にミカンを配送するスケジュールとなっており、年度によっては、サンプリング時期と大差ない時期に収穫、出荷している。そのため、十分に酸度が低下していないミカンが、消費者の手に渡った年度も存在した可能性は否定できない。本園は標高約300mと地理的に高所に存在しており、標高の高いところに存在する園では、一年を通して平地より気温が低く、また開花時期も平地より遅いため、結実も遅れる。そのため代謝による酸の分解が遅くなり、気温の低さが相乗効果となるため、酸の減少は平地に比べ時期的にかなり遅くなる。また、下津町近辺は土質が結晶へん岩であるため、有田町等と比較して酸度が落ちにくいことも言われている[6-5]。「大窪近辺では、年明けくらいが一番いいミカンになるのではないか。」という意見[6-5]を考えても、本園のミカン収穫スケジュールは一考を要すると思われる。

 

 本研究における重回帰分析の結果、本園の果実酸度に影響を与える要因として、土壌の第三主成分得点が示唆された(表6-5)。前述したように、土壌の第三主成分得点は、「易溶性栄養物質に関する富栄養度」であり、糖度の分析でもその影響が示唆されている。土壌の第三主成分得点は、本園において最も果実品質に影響のある要因と言えるだろう。

 

 土壌の栄養素としては、窒素施肥量が果実の糖度、酸度に影響を与えることがこれまでに示されている[6-6]。本研究における解析では、窒素、カリなどの指標である土壌の第一主成分得点と糖度・酸度との間には、有意な相関が見出されなかった。この理由としては、本解析では1992年に行なった土壌調査の結果を用いて、複数年度にわたる糖度・酸度との相関の解析を行なったが、これらの栄養物質は可溶性であるため土中含有量の変動が激しいと推定され、過去における相関を正確に反映した分析を行なえていない可能性がある。また、窒素施肥量の酸度・糖度への影響は、線形でないことが示されており[6-6,7]、重回帰分析では、その因果関係を充分に明らかに出来なかったことも考えられるだろう。

 

 本園ミカンの果実重は'83年の調査により、慣行園と比較して有意な差がないことが示された(表6-4-c)。一般に、ミカン一個の平均果実重は100gと言われており、本園における複数年の果実重平均が107.1g(5章参照)であることからも果実重に対する病害虫の負の影響はないと思われる。

 

 以上により、本園において農薬を減じたことにより生じた病害虫の発生の影響で、ミカン果実の品位の低下が生じたが、ミカン果実の大きな品質低下は起きなかったと結論出来るだろう。糖度に対しては、ルビーロウムシ発生密度および果実のそうか病(果実品位)が負の影響を与えている可能性が示されたが、それらの相関係数は非常に低いものであり、日照、土壌、水管理といった果実糖度を左右する他の要因の影響がより大きく、それらが糖度管理に深刻な問題を起こす可能性は低いものと考えられる。

 

 農産物は品位、品質などの出荷規格により銘柄、階級の分別がなされ価格が決められていくが、一般に青果物の品質の計測は、多くの労力がかかるため、外観である品位によって間接的に推測していることが現状である。しかし、本研究で示されたように、ミカンの場合、著しい量でなければ、病害虫の発生が必ずしも品質の低下を招くとは限らない。また、果実の品位は、果実品質と有意な相関があることが示されたものの、その相関係数は非常に低いものであった(r=0.18)。これらのことを考えても、品位による品質の推測は、品質の判定法として必ずしも十分であるとは考えられず、これらを基準とした出荷規格が農産物の価値をどれほど正確に評価したものかは疑わしいと言わざるを得ない。また実際、小売り段階になると箱売りや一部の高級品をのぞき、銘柄も等階級もほとんど表示されることはなく、消費者も気に留めることは少ないように思える。外観やサイズを中心とした出荷規格は、生産者や消費者のためと言うよりは流通や市場のためにあると言えるのではないのだろうか。近年、果実を傷つけないレーザーによる品質(糖度)測定法の研究が始まり、和歌山のミカン銘柄である「味一」のように品質に重点を置いた出荷管理も行なわれ始めているが、出荷管理の現状は多くの課題を含んでいると言えるだろう。

 

 文献

 

6-1)

農文協編(1985) 果樹全書 カンキツ pp. 70-71  農山漁村文化協会 東京

6-2)

同上 pp. 72-73

6-3)

1994年5月26日に行なった和歌山県果樹園芸試験場・主任研究員 菅井晴雄・鯨幸和氏、JA和歌山営農対策室生産対策課・課長代理 宮脇俊弘氏への聞き取り調査

6-4)

農文協編(1985) 果樹全書 カンキツ pp. 212-213  農山漁村文化協会 東京

6-5)

1994年5月26日に行なったJA下津町・和歌山県果樹園芸技術員・営農指導部主任 岡畑浩二氏への聞き取り調査

6-6)

農文協編(1985) 果樹全書 カンキツ pp. 247-248  農山漁村文化協会 東京

6-7)

岸野 功(1990) ミカンの作業便利帳 pp. 88-106  農山漁村文化協会 東京