7章 省農薬ミカンにかかる諸経費 3.生産費の比較 

 ここでは、生産費の違いを明らかにする。

 

(1)収穫までの作業モデル設定

 

 省農薬園と慣行園の栽培・管理方法についての対象表は1章の表1-3に示すとおりである。省農薬園の作業に関しては、表1-1また、比較対象となる慣行園の作業に関しては表1-2を参考とした。モデル化に関しては、すでに述べたように、比較する双方の園において農法上の理由よって作業が異なってくる部分のみをとりあげ、設定した。ただし、異なる方法であったとしてもミカンの木の生長、生存、果実収量に多大な影響がないと考えられるものについては省いた。

 

a.省農薬園

 まず、調査園に関して検討する(表1-1を参照)。

 調査園で最も発生量が多く、防除を怠ると樹木を枯死にいたらしめるほどに増加するヤノネカイガラムシの防除対策としては、1980~1985年にマシン油を散布、1987年以降は天敵による防除を行っている。しかし、1987年に放飼した天敵(ヤノネキイロコバチ、ヤノネツヤコバチ)は試験場から譲り受けたものであり、しかも一般市場に出回っていないため、価格を想定できない。したがって、ここでは、「マシン油年1回散布」の作業を省農薬園のモデルとしてとりあげる。すでに第3章の考察でも示されているとおり、年1回冬季のマシン油乳剤散布で、ミカンの木の生存に激烈な被害を与えない程度にヤノネを制御することが可能であるという結果が得られているので、この想定は省農薬園として妥当であると考える。

 ゴマダラカミキリの防除には1977~89年まで有機リン系殺虫剤が使用された。慣行園ではゴマダラカミキリによる成木の枯死はまれであるが、省農薬園では夏期の「見回り法」による殺虫剤の塗布が成木の枯死を最小限にくいとめる唯一の方法である。したがって省農薬園のモデルのなかに「殺虫剤の塗布」の作業をとりあげる。

 前章までに、ルビーロウムシの発生によって収量が減少することが示唆されているが、調査園としての防除作業は行っていないため、モデルには入れない。

 他の害虫に関しては、ミカンの木の生存や生長に著しい影響は与えないと判断し、省略した。

 調査園におけるそうか病対策としては、薬剤散布を1989年に行っている。そうか病は園の株間を広げるなどで発生をある程度くいとめることができる。したがって薬剤散布は不要であるとして、モデルには入れない。

 雑草防除対策としては、第4章に述べられているように、省農薬農法といえるやり方がこの調査園において確立されていない。雑草による果実収量への影響も現段階では不明瞭である。調査園では、薬剤散布平均年1回、動力刈り払い機による除草平均年1回、慣行園では薬剤散布年2回という作業の違いがあるが(表1-3)、モデルでは両園に差はないものとする。

 土壌管理については、調査園で比較的短期にあるいは単発的に行われていた棉実殻、鶏糞、ほだ木廃木の投入は省き、また、堆厩肥投入と晩秋の混合肥料投入に関しては慣行園と同様の作業であるとして省略する。

 果樹の管理についても、成熟前の果実の除去作業、剪定、摘果、収穫に関しては、まったく慣行園と同様の作業であるとして、省略する。苗木の補植についてのみ、とくに、省農薬園において、苗木の定着不良、昆虫類の食害による枯死のための補植が必要であるので、考慮した。

 

b.慣行園

 慣行園の病害虫対策、雑草対策、果実の腐敗病菌対策は、表1-2のとおりである。薬剤別にまとめると表1-3の慣行園の欄に示すとおりである。

 土壌管理、果樹管理に関する作業は、省農薬園と同様の作業であるため、省略の対象とした。ただし、苗木の補植は、昆虫類の食害によるものなど、両園の枯死数に違いがあるため、考慮した。

 以上、aとbより、省農薬園、標準慣行園(以下、「慣行園」とする)の収穫までの作業について、両者の異なる部分のみをとり出してまとめると表7-1となる。

 省農薬園の苗木の補植に関しては、表5-4のうちSiteA、SiteBの12年間の苗木の定着不良と昆虫類の食害を合計したものから年平均を算出し、前園との面積比に基づいて単位あたりに換算した。ただし、ゴマダラカミキリの防除をまったく行わなかった1990年、91年のカミキリによる枯死数を省いている。慣行園では苗木の定着不良と昆虫類の食害による枯死がほぼないものとして、苗木の補植数は0とする。

 

(2)生産費の比較

 

a.生産費調査項目(栽培、収穫まで)

 ここでいう生産費とは、生産を始めてから収穫、調整が終了するまでの総費用である。資本利子、地代全額を算入しない第1次生産費を扱う。

 比較費目に関しては、農林水産省統計情報部『果実生産費』[7-1]にある費目分類一覧表を参考にした。表7-1と表7-2を比べると、比較に必要となる項目は(イ)農業薬剤費(ロ)光熱動力費(ハ)諸材料費(ニ)労働費 の4つである。

 (イ)は、園で使用する薬剤費 (ロ)は、(イ)の散布時に使用するものである。(ハ)は苗木代、(ニ)の労働費については、省農薬園の方では薬剤散布と苗木の補植に関するもの、また、慣行園では薬剤散布にかかわるものである。

 省農薬園の比較する生産費目にかかわるものの合計を M とし、慣行園の比較する生産費目にかかわるものの合計を B とする。

 M=農業薬剤費+薬剤散布時の燃料費+補植のための苗木費+薬剤散布と苗木補植にかかる労働費 B=農業薬剤費+薬剤散布時の燃料費+薬剤散布にかかる労働費

 

b.生産費の比較

 数値は、1988年から1992年までの5年間の平均をとることを原則とした。

 

 α:省農薬園

(α-イ)農業薬剤費

 ここでは、単位あたりの有機リン系殺虫剤の費用を算出する。

 有機リン系殺虫剤は500ccのビンを2年で両園(1ha)に1本使用する。1本が2350円であるので、2350×1/2=1175円/haとなり、10aあたり117.5円である。

なお、以下、薬剤の価格は、1992年に行った聞き取りによるものである。

 

(α-ロ)光熱動力費

 光熱動力費とは、薬剤散布に使用する燃料費である。

 

(α-ハ)諸材料費

 ここでは、補植される苗木の価格が計上される。苗木は、有田市にある商店から1本1500円(1992年)で購入する。その調査時点以前の数年間は同じ値段であるとのことであった(その後93年から95年までは2000円となっている)。10aにつき0.4本/年の割であるから、1500×0.4=600円/10aである。

 

 

(α-ニ)労働費

 ここでは、薬剤を散布する際の労働費と、苗木を補植する際の労働費が計上される。有機リン系の殺虫剤は、ゴマダラカミキリ駆除のために、園を見回りながら、木の根元に刷毛で塗る。1日に1人で両園(1ha)を見回ることができる。1日に6時間かかるとすると、1haにつき6時間ということになる。

 ここで、労賃の計算の仕方を説明しておかなければならない。

 労賃に関しては、1988年から1992年の5年間について、全国農業会議所『農業労賃等に関する調査結果』[7-2]を使用した。農作業臨時雇賃金の「一般作業」(1990年以降は「一般・軽作業」となっている)について、農山漁村地帯の和歌山県、男子の賃金で計算した。88年 926円、89年 886円、90年 909円、91年 934円、92年 980円より、平均927円/時間となる。

 したがって、上記の労働費は927×6=5562円。10aあたりにすると556.2円となる。

 また、苗木の補植については、1本の補植に1時間かかるとして、10aあたりで0.4本/年であるから、0.4時間。10aあたりで370.8円となる。

 

 以上、α-イロハニを合計すると、M=1644.5円/10aである。

 労働費を差し引くと M′=717.5円/10aとなる。

 

 β:慣行園

(β-イ)農業薬剤費

 表1-3に示された以下の薬品について、その費用を計算する。薬品の価格は1992年に聞き取った。また、量に関しては1993年と1995年に聞き取った。

ジマンダイセン水和剤 3回 10aに1kg使用(500リットルに溶かす)   1690円/kg

オルトラン      2回 10aに500g袋1つ使用(1000倍液500リットル) 3440円/500g

エルサン       1回 10aに1000倍のものを500リットル     1115円/500cc

スプラサイド乳剤   1回 10aに1本(1000倍)          2045円/500cc

石灰硫黄合剤     2回 10aに100倍のものを445リットル散布    2135円/18 L

             (0.5リットルの合剤を500リットルに溶かす)

マシン油は省農薬園の方と相殺されているので、計算に入れていない。

 それぞれの価格に回数を乗じて合計すると、17245円/10aである。

 

(β-ロ)光熱動力費

 ここでは、薬剤散布に使用する燃料費である。(イ)ではのべ8回の散布となっているが、混合して散布するので、計6回となる。聞き取りより、20aに散布するのに燃料4リットルを使用する。10aに2リットルであるから6回で12リットル/10aである。125円/リットルとして、1500円/10aである。

 

(β-ハ)諸材料費

 慣行園では、この項目は必要ない。

 

(β-ニ)労働費

 ここでは、薬剤散布に関する労働費を計上する。

 20aを2日で行う。1日6時間/人とすると、1年6回散布するので、10aあたり36時間となり、33372円である。

 

 β-イロハニを合計すると、B=52117円/10aとなる。

 労働費を差し引くと B′=18745円/10aである。

 

 αとβの差をみると、

BーM =50472.5円/10a

BーM′=18027.5円/10a

すなわち、労働費を含む場合はもちろんのこと、物材費(流動材費)のみの差をとっても、省農薬農法の方が、コストがかからないことがわかる。