7章 省農薬ミカンにかかる諸経費 6.省農薬園と慣行園の農家所得 7.おわりに

6.省農薬園と慣行園の農家所得

 

 すでに4の「収穫量と生産者価格との関係」において、粗収益、収穫量比、生産者価格比を用いて省農薬園の収益を検討したが、ここでは省農薬園の収集荷などにかかわる経費も計算に用いて、再度、収益性の検討を行う。

 

 

(1)比較の計算方法

 

 省農薬園と慣行園を対比させながら、それぞれの農家粗収益、生産費目にかかわるもの、出荷経費などにかかわるものを記号で表す。

 省農薬園

農家粗収益                       L

流通経費を含む農家手取り額               Lt  (Lt-N=L)

比較する生産費目にかかわるもの             M

集出荷および市場までの経費にかかわるもの        N

 慣行園

農家粗収益                        A

比較する生産費目にかかわるもの             B

集出荷および市場までの経費にかかわるもの        C

 

 つぎに、統計上の数字を記号で表す。

統計上の農家粗収益                    P

統計上の生産費(第1次生産費)              Q

統計上の生産費 - 家族労働費              Q′

 

 以上の統計は、農林水産省統計情報部『果実生産費』みかん、和歌山県(粗収益あるいは主産物価格、生産費について)、同『青果物集出荷経費調査報告』みかん、和歌山県(集出荷経費などの経費について)を利用した。

 慣行園のAに関しては、すでに和歌山県の統計上の粗収益などを利用しているので、A=Pとなる。また、慣行園の生産費に関しても、和歌山県の統計上の数値を利用し、Qに等しいとする。

 よって、

省農薬園の生産費      Q-(B-M)

慣行園の生産費       Q

省農薬園の集出荷などの経費 N

慣行園の集出荷などの経費  C

となる。ただし、PはCをすでに差し引いた数値なので、これ以降、計算上Cは必要ない。

 

 

(2)農家所得の比較式

 

 ここで言う農家所得とは、一般の市場システムのもとで、農家手取り額である農家粗収益から、家族労働費を含まない生産費の額を差し引いたものである。言い換えれば、家族労働報酬といえる。

 統計上の生産費には家族労働費が計上されている。しかし、統計上の農家粗収益には家族労働費にあたる部分が含まれていない。統計上の農家粗収益よりも生産費の数値の方が高くなるのはそのためである。ここでは、家族労働費を差し引いたQ′を用いる。それに伴い、B、Mに関してもB′、M′を求め、それを用いた。

省農薬園における農家の所得  Lt-{Q′-(B′-M′)+N}

慣行園における農家の所得   P-Q′

 

a.省農薬園の農家手取り額<流通経費を含む>(Lt)

 省農薬園からの出荷による生産者の収入に関して、1992年まででは、1990年と、1991年の2年間しか詳しい記録がない。この2年の平均をとることとする。表7-6から、省農薬園における生産者の手取り額は、Lt=301950円/10aである。参考までに、93年、94年の数値を含めて平均をとってみると、311100円/10aとなり、収穫の非常に少なかった93年を除外しても、311100円/10aとなる。ただし、この手取り額は、消費者との仲介をしている中間者に生産物が届くまでの間の流通経費を差し引いていない。

 

b.慣行園の農家粗収益(A=P)

 すでに、説明したように、Pの値は①P1=376235円 ②P2=295550 ③P3=280000 の3通りがある。

 

c.統計上の生産費(Q)

 10aあたりの第1次生産費[7-1]は以下のとおりである。

  88年 340847円、89年 377455円、90年 414092円、91年 507248円

4年間を平均すると、Q=409910.5円/10aである。

 また、家族労働費を除くと、88年 169533円、89年 170288円、90年 169251円、91年 173933円となり、Q′=170751.3円/10aとなる。

 

d.農家所得の比較

 Ⅰ:省農薬園の農家所得

  Q′=170751.3円/10a

  B′= 18745円/10a

  M′= 717.5円/10a

  ∴Lt-{Q′-(B′-M′)+N}

    =301950-{Q′-(18027.5)+41376.4}

    =278601.1-Q′

    =107849.8

 Ⅱ:慣行園の農家所得

  ①P1-Q′

    =376235-Q′

    =205483.7

   ∴Ⅱ-Ⅰ=97633.9円

   省農薬園の収入の方が10aあたり97633.9円低い。

  ②P2-Q′

    =295550-Q′

    =124798.7

   ∴Ⅱ-Ⅰ=16948.9円

   省農薬園の収入の方が低い。

  ③P3-Q′

    =280000-170751.3

    =109248.7

   ∴Ⅱ-Ⅰ=1398.9円

   省農薬園の収入の方が低いが、大差はない。

 ①②③より、農家所得は慣行園の粗収益の設定の仕方によって、10aあたり1000円~2万円程度、省農薬園の方が低いことになる。

 

 

(3)省農薬園の生産者価格

 

 すでに、4の収穫量と生産者価格との関係で論じたように、省農薬園の生産者価格を約18%増大させれば慣行園と同様の収益があがることが分かっているが、ここでは別の算出方法によって生産者価格について再考察する。

a.その1

 省農薬園の所得を慣行園のそれと同程度にしようとすると、収穫量を増やすか、あるいは、生産者価格をあげるかの2通りの方法がある。前者が技術的に簡単ではないことを考えると、後者を考えるのが現実的である。

 いま、省農薬園の農家粗収益Ltを変数とすると、省農薬園での収入が、慣行園のそれを下回らないようにするには、Ltをどの範囲で設定すればよいのだろうか。

  Ⅱ-Ⅰ=(P1-Q′)-〔Lt- {Q′ -(B′-M′)+N 〕≦0 

     (205483.7)-〔Lt-{170751.3-(18027.5)+41376.4}〕≦0

     (205483.7)-〔Lt-       {194100.2}〕    ≦0

      ∴ Lt ≧399583.9

 すなわち、粗収益に和歌山県平均を用いると、現在の生産者手取り額(生産者価格)の約1.3倍(=399583.9/301950)が少なくとも必要となる。

 同様に、下津町平均を用いると、Lt≧318898.9となり、約1.1倍が必要となる。

b.その2

 では、ここで、別の方法を用いて検討する。

 省農薬園10kgあたりの生産者価格をx円とする。図7-4に示すように、慣行園の粗収益をPとすると、省農薬園の粗収益はP-50472円となる。

省農薬園の10aあたり収穫量は1.83tであるから、省農薬園の粗収益は183x-Nとなる。

 183x-41376≧P-50472

     183x≧P-9096

       x≧P/183-49.7

Pとxの関係は図7-5に示すとおりである。

 P1=376235のとき x≧2006

 P2=295550のとき x≧1565

 P3=280000のとき x≧1480

 現状ではxは1600円から1800円の間に設定されている(表7-6)。したがって、この計算方法では省農薬園の所得は②の聞き取りの場合、および③の下津町統計を上回っていることになる。

 仮に、x=1700円とすると、和歌山平均と同様の収益をあげるには、少なくとも、現在の生産者手取り額(生産者価格)の1.2倍が必要である。

 

 

7.おわりに

 

 以上、調査園のデータをもとにした省農薬園モデルと、聞き取りおよび官庁統計のデータをもとにした慣行園モデルにおいて、10aあたりの生産費、収穫後の集出荷から市場で卸売りされるまでの経費、そして農家所得を比較してきた。

 生産費に関しては、省農薬園の方が10aあたりにして50472.5円安かった。

 収穫量・生産者価格の関係をみると、以下の3点が明らかになった。

1. 生産者価格が慣行園と同一である場合、省農薬園の減収率を約16%以内に留めることができれば、慣行園と同様の収益をあげることができる。

2. 省農薬園の収穫量が慣行園の0.712倍である現状では、省農薬園の生産者価格を約18%増大させれば慣行園と同様の収益をあげることができる。

3. 省農薬園の方が収穫量が少なく、かつ、価格が安いにもかかわらず、省農薬園の方が収益が高いという場合があり得る。

 農家所得の比較では、比較する慣行園の粗収益の設定の仕方によって、省農薬園の方が10aあたり1000円~2万円程度低くなった。

 慣行園と同様の収益をあげようとすると、収穫量を増やすこと、価格を上げること、この2通りしかない。収穫量を増やそうとすると、現在の調査園の技術では労働時間を増大させる恐れがあり、難しい問題であるので、現時点では、生産者価格をあげる方が望ましいといえる。生産者価格の上げ幅についてはすでに記したように18%という数字を得ているが、他の算出方法によって得られた値は以下のようである。慣行園の県平均と同様の収益をあげようとすると、生産者の手取り額を少なくとも現行の1.2倍から1.3倍に設定することが必要である。また、慣行園の町平均と同様の収益をあげるには、現状のままか、1.1倍の価格設定が必要である。

 流通については、集出荷から市場で卸売りされるまでの経費を比較すると、省農薬園の減収がなかったと仮定して、省農薬園の方が10aあたり80958円低い。すなわち、一般市場を通さず、産消提携型での流通では、この経費の低下は消費者価格を安く抑える結果となる。

 労働時間に関していえば、一般に、省農薬農業、有機農業などは、慣行園を維持するよりもはるかに多くの労働力を必要とすると、よくいわれる。しかし、このミカン園をみる限りそれは当てはまらない。薬剤散布を必要としないなど、かえって労働時間を削減している。ただし、流通に関していえば、全体としては慣行園と同様の労働であり労働時間であったとしても、農協に出荷する場合とちがって、箱詰め等のすべての労働が家族の構成員にかかってくる点は、大きくちがう。一般市場を通らないため選別作業など、削減できる労働もあるが、それ以上に、少人数への労働の集中が顕著である。

 生産費、流通経費ともに省農薬園の方が低いが、収穫量をある程度の水準で一定させていかないと、定常的に慣行園と同様の収益をあげることは難しいであろう。

 

 文献・注

 

1)

農林水産省統計情報部『果実生産費』毎年刊行

2)

全国農業会議所『農業労賃等に関する調査結果』毎年刊行

3)

原田学『下津町の柑橘史--終戦直後から現代までの-』1995年

4)

農林水産省統計情報部『青果物集出荷経費調査報告』毎年刊行