農薬の登録について 

宮川 功(京都大学農学部農芸化学科四回生)

 

 残留農薬の問題や有機農業運動に関して考えるとき、僕たちは安全性に対して疑いのある農産物を食べさせられているのではないか、何故農薬なんか使うのだといった消費者の視点からみることが多いように思います。しかし、生産者には農産物の栽培において農薬を使わなければならない状況があります。そもそも、現在栽培されている農作物はどこでもほとんど同じ品種で、味などの点では勝っているが比較的病害虫に弱く農薬による病害虫の防除を前提とするようなものがほとんどです。また、現在の市場の流通形態では農産物は外観で規格化されており、この規格にそぐうものとそぐわないものとでは買い取り価格に大きな差がでてきてしまいます。農作物の品種がどれも同じなのもこの規格化に起因するところがあり、別の品種を作ったとしてもいい値では買い取ってもらえないからです。また、農作物が高い値で売れる時期に出荷しようと栽培時期をずらしたりハウス栽培などを行うこともあります。農薬を使わない栽培で病害虫に弱い品種を規格に合うように思うような時期に作るのは非常に困難なので、生産者はいい値で買い取ってもらためにも農薬を用いて栽培することになります。また、就農者の高齢化や兼業化も農薬に頼った防除にならざるを得ない理由になっているでしょう。

 

 

 さて、農薬の使用に関して農民に対する安全性はどの様に保障されているのでしょうか。

 

  1. 農薬そのものの安全性の確保はどうなっているか。
  2. 農薬の使用方法・危険性などの情報は使用者に詳しく与えられているか。また、その情報は農作業を行う上で無理のない者かどうか
  3. 危険物を扱わなければならないために、もしもの事故の際の保障制度はあるのかどうか。

 

 1については農薬の登録に関する問題です。農薬の登録(流れは図1)は基本的には農薬取締法で取り締まられています。同法では農薬会社が新農薬を登録する際に20種類近くの毒性試験の結果を提出することを必要としています。(表1)

 

しかし、この毒性試験の結果は農薬登録前に公表されることはなく、また登録後もほとんど公開されないので、試験結果をもとに外部の人が毒性を評価することはできず、すべて農水省に任されます。また、登録保留基準や残留基準、安全使用基準といった基準は先の毒性試験と農薬会社が示した農薬の適用方法(対象作物、散布量、濃度、使用時期など)とをあわせて、農作物への農薬の残留度が普通にその農作物を食べても害がないかどうかを判定する基準であり、農薬を散布する農民があびる農薬量が考慮された基準ではありません。従って、農薬そのものの安全性は毒性試験の結果を農水省がどれだけ厳しくみているかにかかってくることになります。

 

 2については農薬に記載される情報又は農協などからの情報提供がどの程度なされているかということになります。農薬に添付されるラベルには以下の11項目を表示することが義務づけされています。(表2)

 

農薬使用者に対する情報としては、中毒症状の記載が為されていないといった不十分な点はあるにせよ、かなりの情報が得られるように思います。しかし、例えば安全使用上の注意事項には「散布は涼しい時間に行う、一人で長時間継続して作業しない、風向きなどに注意する」といったことが書かれていますが、水田や畑の地理的条件や個人的に農業をする人が多い状況を考えるとなかなか難しい面があるのではないでしょうか。

 

 3については、農民については自己管理に任されていて、農薬による健康被害から農民を守る保護法はありません。農薬製造者や防除会社の職員は作業環境基準・健康診断法など労働者の安全と健康を確保することを目的とした労働安全衛生法が適用されます。(この法律も対象農薬が少ないのでかなり不十分な物ですが)農薬の最大の使用者は農民であり、また農薬は農作物の栽培補助として用いられることを目的としている以上、農民に対する保護はあるべきではないでしょうか。

 

 このように、現在の農業においては農薬の使用が不可欠となっているにも関わらず、その農薬を使わなければならない農民に対する配慮があまり為されていないように思われます。しかし、さらには農薬を必要最小量に抑える農業が出来るようになる、つまり、品質以上に外観をよくするために用いたりするような無駄な農薬を使わず、農業生産を安定させるために生産者にとって必要最小限の農薬使用で農業が営めるような流通機構の開拓、消費者意識の向上が達成されることが必要ではないでしょうか。近年の生協運動などの拡大は消費者の農産物の安全性に対する意識の向上の結果だと思います。しかし、ここで問われていることは消費者の安全の確保が主になっていて、農民の安全性についてはあまり問われていないようです。消費者が農民に対してある種の変革を求めていく場合、農家の状況をもっと知る必要があると思います。今後、農薬ゼミに参加しながら、「農薬は減らせる」ということとの関連で上記のようなことを考えてゆきたいと思っています。